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埋まらない寂しさは



 時間の流れは残酷だ。なかなか寝付けない夜は永遠にすら感じるのに、楽しいと思う時間はあっという間に過ぎていく。手のひらで掬った水が、気付いたら全て流れてなくなってしまっていたみたいに。俺が彼女と過ごしているこの時間も、気が付いたら終わりがすぐそこまで来ていた。

(……まだ、帰りたくないな)

 なんて言ったら困らせてしまうだろうか。でもなまえさんは優しいから、帰りが遅くなると明日は早朝に出なければいけないスケジュールの俺を心配してくれるかもしれない。
 そう、明日の仕事はまだ空も暗い早朝の内に出ないと遅刻してしまうほど、集合時間が早いのだ。睡眠不足の状態で行くわけにもいかないし、早く帰ってなるべく早めに寝た方がいいってことくらいわかっている。わかっているんだけど。

「翠くん、時間大丈夫? 確か明日はすごく早いんじゃ……」
「めっちゃ早いっすね。だから、本当はもう帰って明日の準備をした方がいいんですけど……」

 最近、こうして彼女とゆっくり過ごせる時間があまりなかったからか、まだ帰りたくなかった。そんなのはわがままだってわかっているけれど、もっと一緒にいたいんだから仕方がない。なまえさんも同じように思ってくれていたらいいのに。

「……じゃあ、泊まっていく?」
「えっ」
「な、なーんてね。着替えとかパジャマとか必要な物の用意もないし、急には無理だよね」

 ごめんね、今のは忘れて。そう続けられた言葉が聞こえてくるのと同時に、手を伸ばして彼女を引き寄せていた。ぎゅっと抱き締めた小さな体は、俺の腕の中にすっぽりと収まっている。

「そんなこと言われたら、ますます帰りたくなくなってくる……」

 帰りたくないと思ってはいても、泊まるという選択肢は俺の中にはなかったのに。なまえさんの言う通り泊まるのに必要な用意なんてしていないから、おそらく本気で言ったわけではないんだろう。わかってはいても真に受けて考えてしまう。最悪、最低限下着とか歯ブラシとか調達できればどうにかなるかな、とか。

「ご、ごめんね……でも今度は泊まっていいから、ね? だから今日は、明日の為にも帰った方が……」
「……わかってますよ」

 現場のスタッフさんにも流星隊のみんなにも、そして事務所にも迷惑はかけられない。だからちゃんと帰るし、寝坊だってしないように起きるから。今だけ、あと少しだけ、このままでいさせて。

「……翠くん、これ以上はだめ。わたしまで離れにくくなっちゃうから」
「またそういうこと言う……俺のこと、帰らせる気あります?」
「あるよ! さあ、もうすぐにでも帰ろう!」
「俺が言ったからなんだけど、いざ帰れって言われるとそれは傷付く……」

 慌ててごめんねと謝る彼女に、もうちょっと抱き締めさせてくれたら治るかもと言えば、軽く背中を叩かれた。
 現在の時刻はわからないけれど、さすがにそろそろ帰らないとまずいだろう。そう思い、なまえさんの背中に回していた腕をゆっくりと解いていく。今度は泊まっていいと言っていたんだし、次に来た時は絶対に泊まろうと心に誓いながら。じわりと広がる寂しさと離れ難さには見ない振りをして。



『Words Palette hug!』より
16.離れ難い理由(引き寄せて、今だけは、見ないで)


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