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ドーナツ・シュガーハニー



 とてもじゃないけれど、一人では食べ切れないであろう量のドーナツを前にして溜息を吐く。忍くんと鉄虎くんにも手伝って食べてもらったから、これでも減った方ではあるんだけど。それでも結構な量のドーナツが残っていることに変わりはない。
 そもそも、どうして俺がこんなにドーナツを買ってしまったのか。事の発端は数時間前、流星隊でのレッスン終わりまで遡る。
 流星隊は今、新曲のMV撮影に向けてダンスの振り入れの真っ最中。しかもその撮影日も数日後に迫っていて、立ち位置やフォーメーションの確認をしながら覚えたダンスの完成度を上げていた。撮影までそう時間もないし、ファンのみんなにいいものを届けるためにも頑張らないといけない。それはわかっているけれど、やっぱり疲労は溜まるし感じる。何か疲れた心を癒してくれるものとかないかなぁと、考えていた時だった。忍くんが声をかけてくれたのは。

「翠くん、翠くん。これ、知ってるでござるか?」
「え、何? って、これは……!」
「確か翠くん、このゆるキャラが好きでござったよな。この間、たまたまこのドーナツ屋さんの前を通った時にこのポスターが貼ってあって、それで翠くんに教えなきゃ! って思ってたんでござるよ〜♪」
「うわぁ、うわぁ……☆ まさかドーナツ屋さんとコラボするなんて……! 忍くんが教えてくれなかったら、たぶんこのコラボを見逃してた気がする。ありがとう……!」

 忍くんが教えてくれたのは、全国展開しているチェーン店のドーナツ屋さんと、俺の大好きなゆるキャラとのコラボ情報だった。詳細が知りたくてネットで検索して見つけた特設サイトには、お店でドーナツを購入するともらえるという、ゆるキャラのグッズの写真が載っていて。レッスンの疲れなんてあっという間に吹き飛んだ。
 そして俺は、レッスンが終わったらあとは帰るだけだと言っていた忍くんと鉄虎くんに頼み込み、一緒にドーナツ屋さんへと向かった。お店に到着すると、疲れも手伝って理性という名のストッパーが緩くなっていた俺は、欲望のままにドーナツを買ってしまった。全てはそう、大好きなゆるキャラの新規グッズを手に入れるため。買ったらその分食べて消費しなきゃいけないのに、そんな考えには至らぬまま。
 そして冒頭に繋がり、時は現在に戻る。

「あ、翠くん帰って来てたんだね。おかえり、今日もお疲れ様」
「あ、うん。ただいま。あと、おかえり」
「うん、ただいま。それで、どうしたの? なんか溜息吐いてなかった?」

 俺がちょっと現実逃避をしている間に、どうやら出掛けていたなまえが帰って来たらしい。確か、今日は友達と買い物に行ってくるとかなんとか言っていたっけ。

「あの、さ。ドーナツって好きだったりする?」
「え? ドーナツ? 普通に好きだけど……あ、もしかしてそれ、わたしも食べていいの?」

 ぱっと嬉しそうにテーブルの上に置いてある箱を指差した彼女に、こくこくと頷いた。俺はもういいかなってくらい食べた後だし、消費してもらえるなら有り難い。それにドーナツだって無理に食べられるより、美味しく食べられた方が嬉しいだろう。ドーナツだけじゃなく、作ってる店員さんだってきっとそう思うはずだ。

「やった〜! じゃあ早速もらおうかな〜……って、結構買ったんだね……?」
「うっ……やっぱり多いよね、この量」

 嬉々としてドーナツが入っている箱を開けたなまえは、その中身を見て驚いていた。それもそうだろう。俺が買ってきた量は、二人で食べることを考えてもちょっと多い。好きな物ならまだしも、別に俺は特別ドーナツが好きってわけでもないし。驚かれるのも無理はない。
 こうなってしまった事情を素直に話せば、なるほどと納得した彼女に苦笑いされてしまった。

「購入するとグッズがもらえるっていうの、コラボだとよくあるもんね。コンビニでもそういうコラボのポップとか、見かけたことあるし」
「そう、そうなんだよ……! いつもならもう少し理性が働いたんだけど、今日は疲れてたし、歯止めが効かなくて……」
「その結果、こうなったんだ?」
「はい……」

 とりあえず一個もらうねとドーナツを手に取ったなまえは、この事態に怒っているわけではない、らしい。さすがに怒られるかも……と思っていたので、自分自身ちょっと戸惑う。

「ちょっと量は多いけど……ドーナツが食べられるのは嬉しいので、今回は良しとしよう。でも、次はちゃんと量も考えて買ってきてね? 買うなとは言わないから」

 そう言った彼女は、いただきますとぱくりとドーナツに齧りついた。美味しそうにもぐもぐと頬張るなまえを見ていると、可愛くて癒される。ゆるキャラを見た時とは少し違うけれど、でも同じように疲れた心が解れて、癒されていく。
 あっという間に食べ終えた彼女は、もう一個食べようと再びドーナツに手を伸ばそうとして、だけどそれは叶わなかった。俺がなまえの手を掴んで阻んでしまったから。

「翠くん?」

 食べる手を止められたことが不思議に思ったのだろう、彼女が俺の顔を覗き込んだ。その瞳に映っている俺は、たぶん欲を抑えられていない、そんな顔をしている気がした。
 大好きなゆるキャラのグッズ達に囲まれて過ごすのは、それはもう極上の時間で癒しでしかない。でもそれと同じくらい、なまえと一緒に過ごすこの時間も、なまえに触れるのも癒される。だから、君に触れたい。

「……ごめん。買って来たのは俺だし、食べてくれるのも嬉しいんだけど……ドーナツはあとにして」

 今はただ、俺だけに集中してほしいなんて、さすがにわがままだ。でも彼女は頬を赤らめながらも頷いて、俺のわがままに付き合ってくれるんだから優しいなぁと思う。
 そんな優しいなまえの唇に自分のそれを重ねれば、甘い味がした。たぶん、さっきまで彼女が食べていたドーナツの味だろう。一回だけじゃ足りなくて、二回、三回と唇を重ねる。疲れた心がじんわりと満たされていくのを感じながら、キスの合間に「もう少しだけ、だから」となまえに伝えて、その甘いくちびるを味わうのだった。

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