丁寧に愛してね
お風呂上がりで濡れている髪をタオルで拭いながら、リビングへと続くドアを開ける。その音でわたしが戻って来たことに気付いたのだろう、ソファに座っている嵐ちゃんの視線がこちらへ向いた。
「おかえりなさい、なまえちゃん。ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
笑顔で手招きをされて、特に拒む理由もないので嵐ちゃんの元へと向かう。指示されるがままにソファに腰を下ろすと、肩に掛けていたタオルが奪われ、嵐ちゃんの手によって髪が丁寧に拭われていく。
「あの、嵐ちゃん」
「あら、どうかした?」
「髪を乾かすくらい自分でできるよ?」
「そんなこと知ってるわよォ。いつもは自分で乾かしているものね」
だけど、今日はアタシにやらせてほしいの。こういう時のために、なまえちゃんに合うオイルなんかを見繕っておいたから♪ と言葉を続けた嵐ちゃんはとても楽しそうで。まぁ本人が楽しそうだしいいのかなぁと、そのまま身を任せることにした。
「んー、タオルドライはこのくらいでいいかしら。それじゃあ一度、コームで梳かすわね」
そう言った嵐ちゃんの手が、テーブルへと伸びるのが視界の端で見えた。すっすっと何度かコームで髪を梳いたあと、とんとんと軽く叩くようにして再びタオルで髪を拭われ、またコームで髪を梳かれた。たぶん嵐ちゃんは、わたしよりもわたしの髪を丁寧に扱ってくれていると思う。自分でやる時はもう少し雑になってしまうから。
「次はヘアミルクをつけるわよォ。気に入ってくれるといいんだけど」
ヘアミルクを手に取ったのだろう、嵐ちゃんの手が撫でるようにしてわたしの髪に触れた。優しく手櫛でヘアミルクを髪全体に広げると、またしてもコームで髪を梳く。それらの工程を終えて初めて、ドライヤーの温風が髪に当てられた。
嵐ちゃんが用意してくれたヘアミルクはとてもいい匂いで、その香りはわたしが普段使っているシャンプーと似ていた。きっと香りが喧嘩しないように、似た系統の物を選んでくれたのだろう。
(至れり尽くせりだけど、本当にいいのかな……)
先に入って来ていいとお風呂の順番も譲ってくれたし、自分もお風呂に入りたいだろうに今はこうしてわたしの髪を乾かしてくれている。たとえそれが嵐ちゃん本人が言い出したことだとしても、ちょっと申し訳ない。
「ウフフ、楽しいわァ♪ 前からこうしてなまえちゃんの髪のお手入れがしたかったのよねェ」
嵐ちゃんだって仕事で疲れているのに、申し訳ないな。わたしがそう思っているのを知ってか知らずか、ドライヤーの音に紛れて嵐ちゃんの楽しそうな声が聞こえてきた。
(そうだ。お返しに、嵐ちゃんの髪はわたしが乾かしてあげよう)
嵐ちゃんのように上手くケアができる自信はないけれど、それでも大好きな人の髪を扱うのだから丁寧にやるつもりだ。嵐ちゃんがそうしてくれたように、愛情も込めて。