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雨とラベンダー



 今朝は天気予報をろくに確認していなかったのと、家を出る時は晴れていたこともあって傘は持ってこなかった。仕事を終えて会社を出ると、昼間は降っていなかったはずの雨がしとしとと降っていて。といっても雨足はそこまで強くはなく、この程度の雨ならわざわざ傘を買う必要もないかなと、買うという選択肢を放棄したわたしが悪いのだけど。

「この雨の中、濡れて帰って来るやつがあるか!」
「あはは……ここにいるんだよね、それが」
「笑い事ではないだろう、全く……だが、このまま話していても埒が明かないな。タオルを取ってくるから少し待っていろ」

 珍しく慌ただしい様子でタオルを取りに行ってくれた背中を見送る。まさか本格的に降り始めるとは思わなかったので、敬人くんには悪いことをしてしまった。確か、今日は久しぶりにゆっくりできると言っていたのに。
 髪の先からぽたぽたと落ちていく雫を眺めていると、ばさりと上からバスタオルを被せられた。驚いて声を上げるわたしに構わず、こちらへ伸びてきた彼の手が濡れた髪を拭っていく。雨の中濡れて帰って来たわたしに呆れて怒っているだろうに、その手つきはとても優しい。

「そこにタオルを敷いておいた。早く靴を脱いで上がってこい」
「ごめんね、ありがとう」

 濡れた髪を彼に拭ってもらいながら、ぐっしょりと濡れているパンプスを脱ぐ。靴が中まで濡れてしまった時の、あのぐじゅぐじゅと気持ち悪い感触からようやく解放された。

「濡れたままだと風邪を引くだろう。風呂に入ってくるといい」
「え、準備しておいてくれたの?」
「ああ。まさか、濡れて帰って来るとは思わなかったがな」

 それはわたしも思っていなかったのだけど、下手に口に出すとお小言を貰いかねないので黙っておく。たぶん、お風呂から出たあとでお説教をされる気はしているのだけども。

「着替えは用意しておいてやる。だから、早く風呂に入って温まって来い」

 頭に被せられていたバスタオルが取られ、視界が開けた。目の前にいる敬人くんは、先程とは違って怒った顔はしていない。わたしを気遣ってくれているような眼差しに、心配してくれているのがわかった。

「じゃあお言葉に甘えて、お風呂入ってくるね」

 バッグはこちらに寄越せと言う彼に預けて、水を吸ってしっとりとしているバスタオルと共に脱衣所へ向かう。まず手に持っていたそれを洗濯機の中に放り込んでから、濡れたことにより重さが増している服を脱いでいく。冷え切っているからか震える体をさすりながら、浴室へと足を踏み入れる。お風呂の蓋を開けるとふわふわと湯気が浴室に広がっていった。

「ん、あれ? 入浴剤、入れてくれたのかな」

 湯船のお湯は淡い紫に色付いていて、ラベンダーの香りが鼻腔をくすぐった。リラックス効果のある香りの物を選んでいるあたりが敬人くんらしい。事前にお風呂の用意をして、入浴剤まで入れておいてくれたということは、きっと彼なりの優しさなのだろう。今日も一日頑張ったわたしへの労いかな、たぶん。
 お風呂から上がったら、お礼とお詫びも兼ねて温かい緑茶でも入れてあげようか。お説教もちゃんと、甘んじて受け入れるとしよう。それだって彼なりの優しさなんだと知っているから。

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