隠し味は愛情です
ごろん、ともう何度目かわからない寝返りを打つ。いつもなら蓄積された疲れも手伝ってすんなりと眠れるのに、どうしてか今日は寝付きが悪く、とてもじゃないけれど眠れそうになかった。このままベッドで横になっていても眠れる気がしないし、何か温かい物でも飲もうかな。そう思ってのそのそとベッドから抜け出して部屋を後にした。
「あれ? 電気ついてる……」
リビングへ続くドアを開けると、消したと思っていたはずの電気が点いていて。部屋に行く前に消し忘れてしまったのかと思っていると、後ろからガチャリとドアを開ける音が聞こえた。思わず振り返ると、お風呂上がりらしいジュンくんが洗面所から出てきたところだった。
「……あ。すんません、起こしちゃいました?」
「ううん、眠れなかっただけだから大丈夫だよ。それで、温かい物でも飲もうと思って」
「なるほど、そうだったんすね。じゃあ、オレが何か作りましょうか」
まだ濡れている髪をわしゃわしゃとタオルで拭いながらそう言ってくれた彼に、悪いからいいよと首を振る。それくらい自分でできるし、今日も仕事で疲れているであろうジュンくんにやってもらうのは申し訳ない。
「ちょうどオレも何か飲みたい気分でしたし、気にしないでいいんすよぉ。ほら、なまえはそこに座って待っててください」
彼の両手がぽんとわたしの両肩に置かれ、そのままぐいぐいとソファがある方へと押されてしまった。ここはお言葉に甘えて、大人しく待っているべきだろうか。そう思いながらソファに腰を下ろし、キッチンへ向かう背中を見送った。
キッチンの方から聞こえてくる物音に耳を傾けながら、ぼんやりと待つこと数分。ふたつのマグカップを持ったジュンくんが、お待たせしましたとこちらに戻って来た。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたマグカップを受け取ると、甘い香りがふわふわと鼻腔をくすぐった。どうやら彼はホットココアを作ってくれたらしい。手のひらからじんわりと伝わってくる温かさに、心が和らいで解けていくようで。
「……おいしい」
「ならよかったです」
前に、ココアは飲むとホッとするから好きって言ってたから作ったんですけど、正解でしたねぇ。そう言葉を続けた彼もマグカップに口をつけて、優しい甘さのそれを味わっているようだった。
「ジュンくんが作ってくれたココア、優しい味がするね」
「そうっすか? これインスタントですし、誰が作っても変わんねぇと思いますけど……?」
わたしがそう感じているというだけで、実際には誰が作っても大して味は変わらないのだろう。でも、このココアには彼の優しさが詰まっているから。それだけで特別に思えるし、自分で作った物より甘く優しい味だと感じるのだ。
ジュンくんが作ってくれたココアをゆっくりと嚥下しながら、緩やかに訪れた眠気に身を任せる。今夜はもう、眠れないと悩む必要はなさそうだ。