シュガーマテリアル
女の子は恋をすると可愛くなる、とよく聞くけれど。それはきっと、好きな人に可愛いって思ってもらいたいと努力をしているからだと思う。少なくともわたしはそうだから。あなたの目に映るわたしが少しでも可愛くあってほしいと、日々努力しているのです。時々それが空回りして、失敗することもあるのだけど。例えば今日とか。
「ごめんな〜? せっかくのデートなのに、俺の用に付き合わせちまって」
「ううん。ちょうどわたしも欲しい本があったから、気にしないで」
サンキューなと笑った真緒くんは、無事に好きな漫画の新刊が買えたようでとても嬉しそう。自分の用に付き合わせるのは……と遠慮していたけれど、やっぱり本屋さんに寄って正解だった。ついでにわたしの欲しかった本も買えたし。
「さて。お互い無事に目当ての本も買えたことだし、次はどこ行く?」
時間的にカフェに入るのもいいよな〜と言葉を続けた彼は、歩幅をわたしに合わせてくれているはずなのに、その距離は少しずつ開いていく。それは、ズキズキと痛みを訴えるこの足のせい。今日のデートの為にと新しく買った靴をおろしたのはいいものの、履き慣れていなかったからか靴擦れを起こしてしまったのだ。最初は耐えられる程度の痛みだったので我慢していたのだけど、今は歩くのがちょっとしんどいなと感じ始めていた。
「って、あれ? なまえ、どうした?」
いつの間にか距離ができていることを不思議に思ったのだろう、こちらを振り返った真緒くんが首を傾げている。何でもないよと慌てて足を動かすけれど、それで彼の目が誤魔化せるわけもなく。
「何でもないわけないだろ。足、痛むのか?」
「……ちょっとだけ」
「我慢しなくていいよ。歩くのもしんどそうだし」
きょろきょろと辺りを見渡した彼は、あそこまで頑張れるか? と少し離れたところにあるベンチを指差した。そんなに遠くもないし、あそこまでなら問題なく歩けるだろうと頷くと、俺に掴まってていいからとすっと腕を差し出してくれた。
「ごめんね」
「気にすんなって。それに、無理して靴擦れが酷くなったら大変だろ?」
真緒くんの優しさに甘えて、その腕に掴まりながらゆっくり歩く。スニーカーの方が絶対に楽だろうし、少し休んで落ち着いたら靴屋さんに寄ってもらおうかな、なんて考えながら。
「悪い、ちょっと待っててくれ!」
何とかベンチまで辿り着いて腰を下ろすと、彼はそう言うなり早足でどこかへ行ってしまった。今の状況からすると、その行き先はなんとなく予想ができるけれど。
申し訳なさを感じながら待つこと十数分、行った時と同じように早足で真緒くんが戻った来た。やはりこのショッピングモール内にあるドラッグストアへ行ってくれたようで、その手には絆創膏が入った小箱が握られていた。
「ほい、絆創膏。ちゃんと手当てしないとな」
「何から何までごめん……」
「ごめん、じゃないだろ。こういう時はなんて言うんだっけ?」
「……ありがとう」
お礼を口にすると、どういたしましてと言った彼がくしゃりとわたしの髪を撫でる。その力加減はとても優しく、髪型が崩れてしまわないように気を使ってくれているようだった。
「言い忘れてたんだけど、さ」
「? うん」
今日も可愛い。突然、褒め言葉という名の爆弾を落としていった真緒くんは、じゃあ手当するかと何事もなかったかのようにその場に座り込んだ。絆創膏を買って来てくれただけでなく、どうやらこのまま手当てもしてくれるらしい。
足の痛みと迷惑をかけてしまったことで沈んでいた心は、彼の言葉によっていとも簡単にふわりと浮上した。