オオカミだってわかってよ
いつの間にか眠りに落ちていたらしい意識は、息苦しさを覚えて浮上した。何事かと慌てて瞼を開けると、真っ先に視界に飛び込んできたのは誰かの顔。誰か、なんて一人しかいないのだけど。とんとんと軽く肩を叩くと、閉じられていた瞼がぱっと開いて綺麗なブルーの瞳と目が合った。
「……っ! あの、これは、その……」
ばっと勢い良くわたしから離れていった翠くんは、その場で正座をしてごにょごにょと言い訳をしている。しょんぼりとしたその感じが、例えるなら叱られている大型犬みたいで可愛くて。ソファに横になっていた体を起こして、彼の頭にそっと手を伸ばす。柔らかくてふわふわな髪は手触りが良く、つい撫でたくなってしまう。
それにしても、翠くんは一体どうしたというのだろうか。うっかりソファで眠ってしまったわたしが悪いとはいえ、まさか寝込みを襲われるとは思ってもいなかったのだ。そもそも、そういうことをする子ではないだろうと思っていたのだけど。でも、彼も男の子だしなぁ。
「あの、そろそろ離してもらえると……」
「え? あ、ごめんね」
どうやらわたしは、翠くんの髪を撫でたまま思い耽っていたらしい。触り心地の良いそれから離そうとした手は、彼の手に掴まれてそのままぐいっと引っ張られて。わたしよりも強いその力に逆らえるわけもなく、腕の中へ閉じ込められるようにして抱き締められてしまった。
「えっと、あの……翠くん?」
「あんまり、年下扱いしないでもらってもいいっすか。俺だって男なので」
確かに翠くんはわたしより年下だけれど、そんな扱いをしたことはないと思う。たぶん、おそらく。ああでも、可愛いって思ったことは何度かあるなぁ。だけど年上の人相手にも可愛いって思うことはあるし、それは別に年下扱いではないような……。どうしよう、これといって特に心当たりがない。
「なまえさんに甘えちゃってる俺も悪いと思うんすけど、ちゃんと意識してほしくて」
抱き締めていた腕を解きながらそう言った彼は、とても真剣な表情をしていて。今までだって意識してなかったわけではないのに、その言葉通りに意識してしまう自分がいた。きっと、わたしを見つめる瞳がどこか熱っぽいせいだろう。
「……さっきの続き、してもいいですか」
こくんと小さく頷けば、ゆっくり距離が近づいて唇が重なった。まるで、さっきのキスだけでは足りなかったと言わんばかりに。最初は触れるだけだったそれは、少しずつ深く変わっていって。キスをしている合間にちらりと見えた青色に、溺れてしまいそうだと思った。
『Words Palette Select me.』より
29.純潔下心(俺だって男だよ、真剣な表情、足りない)