君へと続くハッピーエンド
たとえ自分の想いが報われなかったとしても、好きな人が幸せならばそれでいいと思っていた。すぐに諦めがつくほど、忘れることができるほど軽い気持ちではなかったけれど。それでも、なまえさんの幸せを友人という立場で見守ることができるのだから、俺はそれだけで幸せなんだと、そう思っていた。悲しみの色に染まった、彼女の顔を見るまでは。
「ごめんね、巽くん。わざわざ来てもらっちゃって……」
「いえ。ちょうど時間も空いていましたし、気にしないでください。それに、こうしてあなたとお茶をする時間は楽しいですから」
ありがとうと微笑んだなまえさんは、どこか無理をしているように見えて心配になる。けれど、本人は何かを隠すように振る舞っているので、それを指摘してしまっていいのか迷った。もし俺で何か力になれるのなら力になりたいし、話してくれるのなら話を聞かせて欲しいと思う。でも、無理に聞き出して踏み込むようなことはしたくない。
(もしかしたら話してくれるかもしれませんし、今は待つことにしましょう)
そう思いながらカップに口をつけ、お店のオリジナルブレンドだという紅茶を流し込む。ふわりと鼻を抜けていく香りが心地良く、とても美味しい。もし次に来ることがあれば、ミルクも試してみたいですな。などと考えていた時だった。
「……実は、ね。わたし、振られちゃったんだ」
「…………えっ」
ぽつりと彼女が呟いた内容はあまり予想をしていなかったもので、ワンテンポほど遅れて驚いてしまった。
ああ、でも、そうか。それならば、無理をしているように見えたのも納得ができる。だってなまえさんは彼のことを心から大切に想っていて、何よりとても幸せそうだったのだから。
「最近お互いに忙しくて、彼とはあんまり会えてなかったんだ。どっちかの予定が空いてても、どっちかはもう予定が入ってて、すれ違うことも多くて。寂しかったけど、わたしも彼も忙しいから仕方ないって、そう思ってた、のに……」
わたしと会えない日はいつも別の女の子と会っていたらしくて、その子と付き合いたいからって振られちゃった。少しずつ顔を歪ませた彼女は、そう言葉を続けた。悲しみや苦しみ、泣くことを我慢しているその表情は、とてもじゃないけれど見てはいられない。
(……俺なら、なまえさんにそんな顔はさせない)
彼女が幸せならそれでいいと押し込めていたはずの恋心は、いとも簡単に顔を出した。傷付いている彼女を困らせたいわけではない。それでも溢れ出した感情は、あまり上手くコントロールができなかった。
「こんなことを言ったら、きっとあなたを困らせてしまうと思うのですが……」
「うん……?」
「……俺にして、もらえませんか。ずっと友人という立場にいましたが、なまえさんのことが好きなんです」
まさか俺に告白されるとは思っていなかったのだろう、彼女の瞳が大きく見開かれる。今まで別の人を映していたそれは今、俺だけを映していて。
「きゅっ、急にそんな、言われても……」
「はい、わかっています。ただお伝えしたかっただけで、返事は今でなくても大丈夫ですから」
ですが、俺はなまえさんに後悔なんてさせるつもりはないと、それだけは覚えておいてください。そう続けた言葉を聞いた彼女は、ぴくりと肩を揺らした。俺の本気が伝わるといいと思ったのだが、思っていたよりも強い眼差しで彼女を見つめてしまっていたのかもしれない。もし怖がらせてしまったのだとしたら申し訳ないけれど。でも。
(俺が心からなまえさんを想っていると、この気持ちは本気なんだと、わかってもらいたかった)
今すぐじゃなくていい。だけど、彼女が俺の手を取ってくれるのだとしたら、その時は絶対に幸せにしてみせましょう。その日が来ることを願いながら、ぬるくなってしまった紅茶に口をつけるのだった。
『Words Palette Select me.』より
9.溶けた魔法(俺にすればいい、強い眼差し、後悔なんて)