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やさしく、ふりそそぐ



 例えるならそれは、真っ白な紙に一滴黒いインクが垂らされたような。綺麗な水がじわりじわりと汚れていくような。胸に広がった負の感情はまさにそんな感じで、時間をかけてゆっくりと私の心を蝕んでいった。見て見ぬ振りをしてきたけれど、どうやらそれも限界らしい。

「……あ、れ?」

 ぽたり。雨でも降っているのか、水滴が私のスカートに染みを作った。だけどここは室内で、雨漏りでもしない限り雨粒が垂れてくることはない。そして私の部屋は雨漏りなんてしないわけで。それが自分の瞳から溢れている涙だと気付いたのは、目元を拭った指先が濡れていたからだった。

「なまえさん」

 私、泣いてるんだ。ぼんやりとそんなことを思いながら涙を拭っていると、私を呼ぶ柔らかい声が聞こえた。ゆるりと振り返ると、空色の髪をした青年がこちらへとやって来る。その両手には、何故かぬいぐるみが抱き抱えられているが。

「……奏汰くん」
「はい、なんでしょう?」
「それは……」

 私の言いたいことがわかったのか、奏汰くんは自らが抱き抱えているぬいぐるみへと視線を向けた。彼曰く、それらはジンベイザメとメンダコらしい。

「かわいいですよ〜。はい、どうぞ……♪」
「あ、ありがとう……?」

 差し出されたメンダコのぬいぐるみを反射的に受け取って、ぎゅっと抱きしめてみる。くりっとした可愛らしい目とふわふわとした感触に、少し癒された。

「ひとりでかかえこむのは、めっ、です。なまえさんは『ひとり』じゃないんですから」

 ぼくがいますよ、とジンベイザメを抱き締めた奏汰くんが私に笑いかける。ああ、もしかして、彼はそれを伝えるために私を呼んだのだろうか。だとしたら、わざわざぬいぐるみを持ってきてくれたのは、泣いていた私を元気づけるためかな。きっとこれも彼なりの優しさだろう。

「……あの、奏汰くん」
「はい」
「ありがとう」
「ふふっ。やっとわらってくれましたね」

 ぼくは、あなたの『えがお』がだいすきなんです。そう言葉を続けた奏汰くんの手が、ぽんっと私の頭の上に乗せられた。しっとりとしていて、だけどあたたかい手が私の髪を撫でる。
 自分のことを話すのは迷惑なんじゃないかと思っていた。だから自然と飲み込んで飲み込んで、それを続けた結果苦しくなって、限界を迎えた。だけど、奏汰くんは独りで抱え込まないでと、そう言ってくれたから。

「…………抱きしめてほしい、って言ったら、迷惑かな」
「ぜんぜん『めいわく』なんかじゃないですよ〜。むしろ、あまえてくれて『うれしい』です」

 どうぞ、と広げられた腕の中におずおずと身を預ける。さっきまでジンベイザメが抱きしめられていたのに、そのポジションを奪ってしまってほんの少し申し訳ない。でも今は、彼の温もりを感じたかったから。抱きしめてほしかったから、許してほしい。そう思いながらソファに避けられたジンベイザメに視線を向けると、なんだか優しい目をしているような、そんな気がした。

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