恋色前線
テーブルの上にずらりと並ぶのは、三色団子に桜餅といった和菓子たち。桜色の髪を持つ少年は、それらを笑顔で頬張っていた。
「美味しいなぁ」
「喜んでもらえたみたいでよかった。あ、お茶のおかわりいる?」
「お願いしてもええ? その代わり、なまえはんのはわしが入れるで」
「じゃあ、今飲んでるのがなくなったらお願いしようかな」
ポットのお湯を急須に注いで、今度はそれをマグカップへと注ぐ。どうぞと手渡せば、こはくくんはおおきにと笑ってそれを受け取った。火傷をしないようにふうふうと冷ましてから口をつけたものの、どうやらまだ熱かったらしく、あちっと彼の口から小さく悲鳴が漏れた。
「大丈夫? 氷入れる?」
「お茶は熱い方が美味しいさかい、大丈夫や」
確かにこはくくんの言う通り、お茶は熱い方が美味しい。冷めてももちろん美味しいのだけど、熱いうちに飲んだ方が美味しいと相場は決まっているのだ。だけど、火傷をしてしまうくらいなら氷を入れて少し冷ました方がいいのではないか。そう思ったけれど、本人が大丈夫だと言っているし、そのままにしておいてあげよう。そう思いながら、三色団子の串へと手を伸ばす。ぱくりとそれを頬ばれば、ほんのりとした甘みともちもちとした食感が口の中を幸せへと誘う。
「コッコッコ♪ ぬしはん、幸せそうに食べるなぁ」
ことんとマグカップ置いた彼がこちらを見る。透き通るような紫に見つめられて、そっちこそと言葉を返した。
「わし、そないな顔しとった?」
「してたしてた。すごく美味しそうに食べるから、可愛いなぁって思ってたよ」
大人びているところもあるけれど、彼はまだ少年に分類される年齢だ。年相応に可愛らしい部分だってある。まぁ、可愛いと言うとあまりいい顔はされないのだけど。
「可愛いって……そら褒め言葉ちゃうって、いつも言うとるやん」
「でも可愛いんだもん、こはくくん」
もしも私に弟がいたらこんな感じだったのかなぁと、想像したことは数知れず。残念ながら彼は弟ではないし、私も姉ではないのだけど。それでも、想像して思わず笑みをこぼしてしまうくらいは許されたい。
「なまえはん」
名前を呼ばれて彼に視線を向ければ、再び綺麗な瞳と目が合った。何、と首を傾げると、こはくくんが再び口を開く。
「わしも男や。あんまり油断しいひん方がええで」
ギラリ、とアメジストが妖しく光ったような気がした。錯覚かと思って瞬きをすると、一瞬のうちにそれは消え去っていて。こはくくんは何事もなかったのように桜餅を頬張っていた。彼の故郷では珍しいであろう、長命寺を。
(……さっきのこはくくん、男の子っていうよりも『男』に見えた)
さっきも、今も、同じ桜河こはくであることに変わりはないのに。普段とはまるで違う、あんな表情もできることに驚いた。
彼も男の子だということを忘れていたわけではない。それでもさっきのあれは、意識するなという方が無理で。心臓がばくばくと悲鳴を上げる。やっぱりこはくくんに忠告された通り、私は油断していたのだろう。
彼の、こはくくんの桜色が、やけに脳裏に焼き付いて離れなかった。