あんスタ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

君が溶け込んだ日常



 たとえばクローゼットの中にある、彼が置いていったスウェットだとか私服だとか。必要だからと買い揃えた歯ブラシや箸、お皿にマグカップなどなど。住み始めた当初はわたしの物しかなかったはずなのに、いつの間にか晃牙くんの私物が増えたなぁと思う。それだけわたしの日常に彼が溶け込んでいるのだろう。それにまぁ、そこそこの頻度で泊まりに来るし、彼の私物が増えるのも仕方がない。今日だってそう。
 ガチャリとドアの開く音がして、晃牙くんが来たことを察する。慣れた手つきで鍵を施錠した彼は、「おう、ただいま」なんて言いながらリビングに足を踏み入れた。

「おかえり。ご飯は食べてきた?」
「いや、食ってねぇけど」
「わかった。晃牙くんの分も作ってあるから、すぐ用意するね」
「サンキューな。あ、俺様も手伝うぜ」
「すぐに終わるから大丈夫。疲れてるだろうし、ゆっくりしてて」

 彼が帰ってくる前に作り終えていたおかずを温め直しながら、ふと、そういえばいつから晃牙くんはうちに来る時に「ただいま」って言うようになったんだっけ、と考える。別にわたし達は同棲しているわけじゃないから、ここは彼の家というわけではない。けれど、そんなことどうでもよくなって、わたしが言い出したんだっけ。お邪魔しますじゃなくて、ただいまでしょ、って。

「いただきます」

 おかずをよそったお皿と白米をよそった茶碗をテーブルに置き、箸を手渡すと、彼は両手を合わせて挨拶をしてから食べ始める。そういう礼儀作法がきっちりしているところ、好きだなぁ。そんなことを思いながら、わたしも両手を合わせて挨拶をしてから箸に手を伸ばした。

「そういやなまえ」
「ん?」
「明日の朝飯、何が食いたいとかリクエストあるか」
「うーん、そうだなぁ……」

 今夜から仕込んでおいてフレンチトーストとかいいな。ああでもサンドイッチもいいし、お味噌汁にご飯というこれぞ日本の朝ごはんっていうメニューでもいいかも。あれもいい、これもいいと次々に浮かんでしまって、なかなか決まりそうにない。けれど、そこでふと思い出す。確か、彼は明日は朝が早いって言ってなかったっけ、と。少しでも移動時間を減らすために、現場から近いうちに泊まりに来たのでは。朝ご飯を作っている余裕なんてないのではないだろうか。

「晃牙くん、明日早いんでしょ? 朝ご飯作ってる時間なんてないんじゃ……」
「ま〜な。けどよ、今夜のうちに作っておけばいいだろ」

 テメ〜はひとりだと手を抜くから、俺様が作ってやる。その言葉で、朝が早いのに朝ご飯を作ってくれる理由がわかった。確かにわたしは、ひとりだと作るのがめんどくさいなと思って手を抜いてしまう。コンビニのお弁当とか、冷凍食品を買ってきたりとか。自分で作っても茹でるだけの蕎麦とか素麺がほとんどで。

(……そういえば、晃牙くんが泊まりに来るようになったのって……)

 わたしが「ひとりだとご飯作るのめんどくさいんだよね」と、ぽろっと零してからかもしれない。つまり、もしかして、これは。うちから現場が近いのは本当かもしれないけれど、それが口実でわたしにちゃんとご飯を食べさようってこと、なのだろうか。コンビニ弁当とかばかりだと、栄養が偏るからって。
 もし、もしも本当にそうだったとして、彼は本当のことを教えてはくれないだろう。だけどそうだとしたら、その優しさはすごく嬉しい。

「ふふっ」
「あ? なんだよ、急に笑ったりして」
「ううん、なんでもない」

 明日の朝ご飯は、やっぱりフレンチトーストにしてもらおうかな。晃牙くんも食べられるように甘さは控えめにして、早起きしてふたりで仕上げよう。それから、一緒に暮らしませんか、なんて提案をしてみようか。そんなことを考えながら、美味しそうにご飯を食べる彼をぼんやりと見つめていた。

[ back to top ]