涙味ドロップス
ソファにぼすんと倒れ込んで、置いてあったクッションを抱き寄せる。家に着くまではなんとか耐えたけれど、もう我慢はできそうになかった。彼がまだ帰ってないのをいいことに、じわじわと視界が滲み出して涙が溢れていく。抱き締めているクッションにひとつふたつと染みができる度に、心の鎧が剥がれ落ちていくような気がした。
「……泣くつもり、なかったのに」
確かに今日は仕事で少しミスをしてしまって、それが原因ですごく怒られて。挽回しようと頑張ったけれど、ちっとも上手くいかなくて。先輩は大丈夫、そういう日もあるよと言ってくれたけれど、気を遣わせてしまったこともなんだか申し訳なくて、居た堪れなかった。でもそんなに落ち込まないで、今回の失敗を活かしてまた頑張ればいい。そう頭では理解していても、心はなかなか追いついてはくれなくて。気付いたら泣いてしまっていたんだから、私って弱いなぁ。
とりあえずジュンくんが帰ってくるまでに泣き止んで、メイクを落として顔を洗って、このひどい顔をどうにかしなければ。そう思ってメイク落としシートへ手を伸ばしたその時だった。ガチャ、と音を立ててリビングのドアが開いたのは。
「……あ」
「ただい…………は?」
どさり、とジュンくんが手に持っていたバッグが床に落ちる。その音でハッと我に返った私は、慌ててメイクを落とす。今落としたところで間に合ってはいないのだけど、泣いて崩れたひどい顔を晒し続けるよりはましだろう。
「なまえ」
「は、はい」
ジュンくんが私の名前を呼んだのは、ちょうど私がメイクを落とし終えたタイミングだった。おそるおそる振り返ると、彼のレモンイエローの瞳と目が合う。その表情は怒っているようにも、心配しているようにも取れた。
「どうせあんたは何かあっても話さないでしょうし、聞きませんけど」
「うう、よくわかっていらっしゃる……」
「一人で抱え込むなって、いつも言ってるでしょ。オレを頼ったらどうです?」
きっとジュンくんは私に何かあって、限界を迎えて泣いてしまったってわかっているはず。それでも話したくないなら聞かないと、そう言ってくれる優しさが嬉しかった。そして、甘え下手な私が甘えられる状況を作ってくれるその優しさも。
「……ジュンくん」
「何すか」
「ぎゅって、してほしい」
「そのくらいお安い御用っすよ」
彼の力強い腕がこちらへ伸びてきて、私の体をぎゅうっと抱き締める。それだけでよかったのに、ジュンくんの大きな手が私の背中を優しく撫でるから、引っ込んだ涙がまた零れ始めた。
「泣きたい時は泣いたらいい。なまえになら、いつだってオレの胸を貸してあげますから」
耳を打つ優しい声と私を包み込む温もりに、抱えていたものがゆっくりと溶けていく。本当、ジュンくんはどこまで私を甘やかすのが上手いんだろう。溢れては零れる涙を拭いながら、私の胸には彼への愛おしさが広がっていた。