「ここは楽園か!」と思わず叫んでしまうくらい、次に上陸した島は美しかった。 じりじり焦がす太陽の熱が白い砂浜に反射して、素足に伝わる砂が焼け付くように熱い。 色鮮やかな緑の森林と、コバルトブルーの海に浮かぶ幾数ものコテージ。まるで、どこか南国のリゾート地に来たみたい。 この島では船よりもホテルに泊まりログポースのログが溜まるのを待つそうだ。 なんとも豪華?贅沢な話だが、海賊団の大半のメンバーが陸で過ごすことを選んだ。 例に漏れずわたしも、あんな素敵なコテージに泊まれるのなら、と、少しドキドキしながらついて来た。 部屋代はローさんが出してくれると信じている。 「まあ小せえ村だが、この島は観光業がメインで成り立ってるらしい」 「観光……」 「一般人の他にはおれ達のような航路を辿る海賊連中もいる。客には事欠かねえだろうさ」 「海賊も、受け入れてくれるの?」 「案外こういった地じゃあ、ゴロツキの方が羽振りが良かったりするからな。湯水のように金を使う」 受付を済ましたローさんがキーをクルクル回しながら、教えてくれた。 ほれ、と投げられたそれをキャッチして、コテージ番号を確認する。 ふむ、22号棟ですか。 「まさか、お土産を買い込むわけでもないですよね」 「当たり前だ。酒と女と賭博に決まってる」 「……それって結局いつもの、町で遊んでるのと同じじゃない」 スタスタ前を歩くローさんの背中を見ながら、呆れるように呟いた。 木造コテージの並ぶ海上に向かっていると、キャスに会った。 「キャスもここに泊まるんだ」 「おう! せっかくのリゾート地だしな! ナマエ、何号棟?」 「22」 「じゃあ結構近くだな。おれ26ー」 やけにテンション高く浮かれているキャスケットの後ろに、ベポがいないことに気づく。 いつもなら、ベポも船から下りてくるのに。 「ベポは?」 「あー、ほら、アイツ白熊だし」 「……そっか」 暑いのダメなんだね…。それで、今回は船で待機、と。 キャスやクルーも何時もの厚手のツナギではなく私服である。 わたしもキャミソールに、紫外線対策として薄手のパーカーを羽織っている。下は丈の短いジーンズのショートパンツにサンダルだ。 モコモコの帽子は蒸れるから、流石に脱いでいる。 リゾート地にサングラス、がなんかぽくて、キャスに「借して」とねだったものの一刀両断で断られてしまった。 海に伸びる桟橋を渡って、ついに鍵に彫られている番号の棟までやって来くる。 コテージの中を確認すると、広々とした、どこかアジアンテイストで統一されたワンルームだった。 開け放たれた大きな窓から下はすぐにオーシャンビュー。泳ぐ気になればすぐにでも飛び込める。 清々しい潮風が吹き抜けては暖簾を揺らした。 「うわー、すごい! 海きれい! 魚見える! …………でも何でベッド二つ?」 「そりゃおれの分だ」 「……ロー、さん……!?」 何時の間にやらローさんが同じコテージ内に居た。 ヒールの音さえしなかったのにと驚きつつ、わたしが風景に見とれていてうっかりしていただけなのかもしれないと思い直した。 「ナマエごときに一部屋丸ごと、なんて考えが甘え。金はおれ持ちなんだ、同じでいいだろう」 「よ、よくないよくない!」 「何今更慌ててやがる。毎晩共に過ごす仲じゃねえか」 「そう言われるとー、そうなのですがー……」 「なら不満に思うことはねえだろ」 「不満とかそうゆうんじゃない、ですけど」 たまにはプライベートな一人の空間を、下さいませんか。 なんて勇気を出して頼んでみるも見事バサリと却下された。 まあしかし話をよくよく聞いてみると、ローさんは夜は何時もの如く出掛けるらしく居ないとのことだった。ローさんがこの部屋を使うのは休息などの一時的なものであることや荷物置き程度らしいので、わたしは二つ返事で了承した。 また、この何時でも軽装刀だけ、な彼に荷物なんてあるのだろうかとも、不思議に思った。 1日、2日と滞在し、3日目。わたしはすっかりこのコテージが気に入っていた。 午前中はベポに会いに行きローさんに買ってもらったバナナやマンゴーのフルーツを一緒に食べて、午後は日よけにつばの広い真っ白な帽子を被りながら海辺を散歩。 ほかの海賊に絡まれたら厄介だからと、「あまりウロつくなよ」と船長命令があったから、あくまでコテージの近辺を、だ。そうすれば、他にもクルーの皆が居るし。 「もうこの島最高……。この時間の感じないスロー感がなんとも……」 ベッドに寝転び「んー」と伸びをした。 真っ赤に燃える夕日が部屋の中に充満している。昼の海もそうだけど、今時間もすごく綺麗だ。 何をするわけでもなくコロコロ転がりながら波の音を聞いてると、微かに響くコツコツと桟橋の板を叩く音。あ、ローさんだ。 ぴょんと起き上がってコテージの入り口を見ると丁度ドアが開いた。予想通り、我らがキャプテンのお帰りである。 少し疲れたような表情を見せながら、ローさんはソファに重そうな紙袋を置いて、黙って隣のシングルベッドに倒れこんだ。 「お疲れのようですね。何、してたんですか?」 「……この先の航路の情報集めだ」 「はかどった?」 「それなりにな」 くあと大きな欠伸交じりに、ローさんが「ああそれと、」と付け足す。 「いい酒を手に入れた」 「さっきの袋、」 「そうだそれだ。持って来い」 「アイアーイ」 指示された通り、ベッドから降りて取りに行き、紙袋を開ける。中にはたっぷり中身が満たされた大きなボトルが入っていた。 お酒のことはよく知らないけど、ラベルなんかもお洒落で、いかにも値が張りそうだ。そんぞそこらの酒屋で出されるようなものでもなさそうな。 それを手渡すと、ローさんは満足げに喉を鳴らした。 「今夜はルームサービスでも利用してここで飲むか。ナマエにも、上手いもん食わせてやるよ」 「生ハムメロンと塩ゆでロブスター……!!」 「好きなもの頼め」 「アイラブキャプテーン」 大概はコテージ近くの飲食店に行って夕食を食べたりするのだが、まあそこはお手ごろ価格でありながら、ご飯があまり美味しくないとクルーの間でも不評だ。 村のほうに出向けばもっと多くの店があるだろうけど、クルーの皆はお酒が飲めれば食の味など二の次でいいらしく、遠出に付き合ってくれる人がいない。 一度サイドテーブルに置いてあるルームサービスのメニューを開いたこともあったが、そこに記された食材と値段に目が飛び出そうになった。 完璧に思えるリゾートライフにも唯一そんな欠点はあったわけで。 ローさんと二人でご飯、というのも、普段口数の少ないわたし達二人が揃えば微妙な空気になりかねないけど、ローさんが居れば美味しいものも食べれるし、酒屋に行くわけじゃないから無理にお酒を勧められることもない。 ゆっくり気ままに、自分のペースで食事できる。 おお、いいじゃないか。ルームサービス。 けれども、ローさんはその後「少し出て来る」と言ってフラフラ出掛けてから、帰ってこなかった。改めて時計を確認すると、日が沈んでから4時間が経つ。ああ結局、この展開ですか。……。 わたしのことを忘れて遊びに出てしまうことなんてローさんにしたらもう言わば毎度のことなのだが、今日に限って約束……、と言えるほど確固なものでもないけど、…………。 正直腹が立った。くそう。ローさんが大事に抱えてきたお酒、飲み干してやる。 月明かりが差す薄暗い部屋の中、わたしはキュポンと音を立ててボトルの栓を抜いた。 涼夕 (初上陸の時も買い物の時も今の事も、果たせないのなら最初から言うな。ワクワクしてたわたしが馬鹿みたいじゃないか) |