「入れ」

「……失礼、します」



船長室に招き入れられ、バタンと扉が閉められた後、急に緊張が込み上げた。
よくよく考えたら、トラファルガーさんのシャワールームを借りる、というのもそれはそれで問題がある、ような。



「シャワーはあの部屋だ。タオルはそこにあるの、好きに使っていい」

「…………」

「覗きゃしねえから安心してろ。お前なんかに手ぇ出すほど飢えちゃいねえ」



“なんか”って言われた。“なんか”って言われた…!
分かってたけど、この人、失礼なことばかり言う…!!

女として悔しさはあるが、そこまで貶されれば逆に気も抜ける。


「じゃあ、お言葉に甘えてお借りしまーす」


トラファルガーさんは「おう行ってこい」とばかりに手を二、三度ひらひらさせて、ソファにどかりと座り分厚い本を読み始めた。
わたし一人悶々と悩んでいるのが、馬鹿らしくなる。。
どうでも良くなって、というかこんな風に変に意識することすらどうでも良くなって、わたしはバスタオルを持ってシャワールームに向かった。


すっきりさっぱり塩のベタ付きを流し、キャスケットに借りた服に着替えて戻ってくれば、トラファルガーさんは先程と違わず本を読んでいた。
景観として変わった箇所を述べるとすれば、トラファルガーさんの帽子がテーブルの上に置かれていることだろうか。
帽子をとった姿を初めて見るために、なんか新鮮だ。



「あの、」

「何だ」

「ありがとう、ございます」

「……。シャワーぐらいいつでも使え」

「その、ことだけじゃなくて…! い、色々お世話になっちゃって、……わたしのせいで面倒もたくさん、かけちゃったし……、その上、島につくまで船に置いて下さることになって……。だから、ありがとうございます」

「…………」



……無言の重圧。(ちーん)


トラファルガーさんはうんともすんとも答えずジッとこちらを見つめてくるものだから、わたしはシャワーを浴びたばかりだというのに冷や汗をかいた。
トラファルガーさんが何を考えているのか全く読めない。会話も無く空間が静まり返ってすごい気まずい。と思ってるのは、わたしだけ?

……この人マイペースそうだもんな。全然、気まずさとか感じてなさそう。



「んと、……わたしはこれで、戻りますね。おやすみ、なさい」



これ以上あの鋭い眼で見上げられるのが辛くて、そそくさと部屋を後にしようとした。はっはーん。逃げるが勝ちよ。

ドアノブに手を掛けた所で、「おい」と呼び止められる。



「なんだったらここで寝るか?」

「…………はい……?」

「あの物置で夜を過ごすのと、ここで過ごすの、選らばせてやるっつってんだよ。飲み込み悪ィな」


いやいやいや、船長さんの言いたいことは飲み込めますよそりゃあ。
え、は、本気で言ってるの?
また冗談とか何かじゃないだろうか。

だって仮にも男女がともに同室って。それに、もちろんこの部屋にはベッドは一つしかない。
弥が上にも変なことを想像してしまう。


「まあ埃と虫だらけの物置がいいっつうんなら止めはしねえさ」

「めめめ滅相もありません。物置は出来るならご遠慮したいっす」

「なら決まりだ」


パタンと本を閉じたトラファルガーさんが立ち上がった。
わたしは思わず着替えた服や使ったタオルを抱いていた腕に力を込めた。

うお、なんだこの展開。ドキドキしてしまうじゃないか……!


コツコツと近づいてくるトラファルガーさん。細い腕が伸びてきて、わたしの両頬を撫でる。



「寝床は、……そうだな。ダンボールに毛布でも敷いて用意してやろうか?」

「……………。せめて人間扱い、してくれませんかね」


わたしを何だと思ってやがるんだ。犬か。ちくしょう。



「フ、……ククク…」

「わたしをからかうのが、そんなに面白い…‥?」

「ああ、面白い。でなきゃ好き好んで世話なんて焼かねえよ」



これは喜ぶ所か。悲しむ所か。

その、意味不明な船長さんにお気に召して頂けたことで、こうしてわたしは船に居れるのだから、やはり喜ぶ所なのかもしれない。しかし心境は非情に複雑だ。


とどのつまり、船長さんのソファを寝る場所として貸してもらうことになった。蜘蛛やネズミの影に怯えなくてもいいことになったのは有難いけれど、緊張が許容範囲の限度をとっくに超えていて、その日はなかなか寝付けなかった。

今日一日で、どっと疲れているのに。





わたし、これからどうなっちゃうんだろう。
とっても憧れていた世界だけれど、いざ来てみると、元の世界が、恋しい。妄想は妄想で十分だったってことだ。

見慣れたわたしの部屋があって。お母さんの作った料理を食べて。着替えだってタンスを開ければ不自由しなかったし、トイレだって好きに行けた。

ねえ、どうなっちゃうの、どうなるの。この船に居られるのも、一週間。次の島に上陸するまで、だ。
そしたらわたしは船を降りて、知らない世界で一人で生きていかなければいけない。


ひと、り、……か。
それがとても寂しい言葉だということを実感して、思った以上に胸が苦しくなった。


どうしよう。

家に、帰りたい。




在るべきわたしの居場所。
(戻れる手立てがあるのならば、いますぐにでも)

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