第三話:気になる過去
陛下という嵐が去った後、中断していた部屋の案内や物の整理などをしていたらいつの間にか夜になっていた。
「きりがいいですから、ここで終わりにしましょうか」
「はい」
リビングに戻りジェイドさんが入れてくれたコーヒーを二人で飲む。
これは、さっき気になっていた事を聞けるチャンスだろうか。
「あのジェイドさん!」
「なんですか?」
「あの、陛下が私を見て驚いたりとか、二人の会話についてなんですけど…」
「…ああ。やはり気になりますか」
聞きたそうにしていた事に気付いていたのか、ジェイドさんはあまり驚かなかった。
「やっぱり、聞いちゃいけませんか?」
「いいえ、早めに言っておいた方がいいかもしれませんね。…少し長い話になりますが、いいですか?」
「はい」
そうしてジェイドさんは話してくれた。
「実は私には尊敬する先生がいました。彼女、ネビリム先生は私には扱えない第七音素の素養を持っていた。ある日、幼く愚かだった私は素養を持たない第七音素を扱おうとして失敗し、先生の家は全焼。先生も瀕死の重症を負いました」
「…そんな」
「すぐに息絶えそうなネビリム先生を見て、私が編み出したフォミクリーで先生のレプリカを作り出そうとした」
「フォミクリー…レプリカ…?」
フォミクリーとは複製品を作る技術だと聞いたことはある。
ジェイドさんが作り出したことにも驚いたけど、それでレプリカを作るなんて…。
「私には“死”が理解出来なかった。だから、先生のレプリカを作れば助かる等と安易なことを考え付いた。今考えると愚かなことです」
「それで、ネビリムさんはどうなったんですか?」
続きを聞くと、ジェイドさんは酷く辛そうな表情になった。
「成功はしました。…しかし、出来た“それ”はもうネビリム先生とは程遠い化物になりました。破壊衝動の塊で、私は彼女を殺そうとして、逃げられて今はどうしているのか知りません」
「ジェイドさん…」
その事件からジェイドさんはカーティス家の養子になり、軍でフォミクリーの研究をして再びネビリムさんのレプリカを作ろうと試みていたらしいが、ピオニー陛下によって諭されたジェイドさんは生物レプリカを廃止し、もう二度とネビリムさんのレプリカを作ることに考えないことにしたという。
「私はただネビリム先生に謝りたかっただけだったんですよ。そして、生物レプリカを廃止してから何年かたった時、ルーシーを見つけました」
なにもすることなく街を歩いていたジェイドさんに聞こえてきた歌声。
それが私だった。
「正直驚きました。…あなたは、私の師であるネビリム先生に似ていますから」
「え…」
私が、ネビリムさんに…?
それはつまり…。
「はじめ、ルーシーとネビリム先生を重ねていました。そして、代わりにしようと考えた」
「私は…ネビリムさんに似ているから、選ばれたんですか…」
驚きとショックから、涙がポロポロと流れてくる。
ジェイドさんは、私を見ていてくれたんじゃなかったんだ…。
「話は最後まで聞いて下さい。まだ話は終わってませんよ」
「…まだ?」
「はじめはそう考えましたが、ルーシーの歌声が私を正気に戻した。それからはルーシーのことが気になりました。容姿なんて関係なく」
歌声が語りかける。
過去を断ち切れと、前に進めと。
前向きに生きろと。
「キッカケがどうであれ、私はルーシーを見ていますよ。だから泣かないで下さい」
「ジェイドさん…!」
キッカケがどんなモノであっても、私はジェイドさんと出会えて嬉しい。
私が身を乗り出せば、ジェイドさんは私の傍に来て抱き締めてくれた。
私は、キッカケとなったネビリムさんに感謝した。
きっと彼女は私とジェイドさんを巡り合わせてくれたんだと思う。
彼が幸せになるようにと…。
そう強く思った。
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