「お前、なんでそんなところにひとりでいるんだ」

 読んでいた本から顔を上げると、恐ろしいほど整った顔の少年がこちらを見ておりました。彼の名前はレオン。妾腹の、けれども王家の血を引く王子様。眉根を寄せて不機嫌そうな顔をしているのに気づかないふりをして、にっこり笑って、ごきげんようレオン様と声をかける。

「カムイ様はごきょうだいと遊んでいる御様子なので……」
「お前はねえさんのあそびあいてじゃないの?」
「ええ。そうです」
「ならなぜいま一緒にいないんだ?」
「私がいたら、邪魔になるでしょう?」

 レオン様は聡い方なのです。それだけ言うと私の言いたいことは全て伝わったみたいでした。レオン様はごきょうだいのかたと一緒にいらっしゃらなくてよろしいんですの、と声をかけると、さらに眉間に皺が寄って、一層不機嫌そうな顔になったのでした。

「姉さんたちはいいよ。でも僕は王子だから」
「ええ。そうですね。でもマークス様は遊んでいます」
「……こんなところに閉じこもっているお前は知らないかもしれないけど、僕ってけっこう優秀なんだよ」
「さすが王族の方ですね」
「そうじゃなくて」

 レオン様の言わんとしていることは、私、察しております。けれども、それを分からない愚鈍に見せるのが、私の役目なのです。ガロン王は聡い子供を望んでいない。大切にされているのではなくて厳重に監禁されている可哀想なお姫様を檻の中に留める役目を望んでいるだけ。だから正義感が強くて行動力のあるサイラスは、舞台から降ろされてしまった。カムイ様の秘密は、箝口令が敷かれているとは言え、マークス様やカミラ様……はわからないけれど、一定以上の年齢の人間ならば誰もが知っているもの。王が何を望んでいるかわかって、私の両親は私をここへ送り込んだ。ならば、その秘密、私が知らない訳無いでしょう?

「ふふ、変なレオン様」

 大人びてはいるけれど、その実年相応に子どもらしいレオン様を愛らしく思った。きっと彼も私と同じ気持ちを抱えている。立場がそれを許さないだけで、きっと本当は彼も。

「何がおかしいんだよ」
「レオン様がとても愛らしく思えただけです」
「僕は男だよ?」
「見れば分かります」
「侮辱か?」
「滅相もない」

 私は笑う。敵対されないように。愚鈍なのか演技なのか、測りかねたらしいレオン様は私に対する態度を決められないでいた。お前は敵なのか味方なのか視線が問う。気づいていてあえてそれを黙殺する。

「変なやつ」
「そうですねえ」
「馬鹿なのか賢いのかわからない」
「それはレオン様が決めることです。臣下の能力を見抜くのも、上に立つ者には必要ですよ」
「本当に、意味のわからないやつだな」

 それから私とレオン様は、彼のお母上が死ぬまでの間、城塞にほかのごきょうだいが遊びに来てる間私と過ごしたのだった。
 冷血、と彼を最初に評したのはどこの誰だっただろう。本当はただ、母の愛を、家族の愛を求めていただけの子どもなのだ。母が望むように、彼は父に兄よりも似ていると評されるよう演技をしていただけなのだ。途中で、心を閉ざしてしまったのもあるけれど。レオン様はお母上が死ぬまで、ごきょうだいの中にも混ざれず孤立して生きていた。そんなレオン様をお救いしたいと差し出がましくも思ってしまった私は罪深いのだろうか? 王族の持つ絶対性を知りながら、対等で在れると、夢を見てはいけなかったのだろうか。

(レオン様、)

 私は誰より貴方だけを見てきた。
 だから、貴方の視線の先に誰が居るか、わかっている。私たちの希望の光、どこまでも純粋なカムイ様。闇の中で育ってきた私たちはそうしても彼女に惹かれてしまう――それが、分かっていても。それでも、どうやっても、私は諦めきれないのだ。