「レオン様」

 振り向くと、驚くほど肌の白い女の子が立っていた。日の当たらない暗夜の民は皆肌が白いけれど、彼女はずば抜けて白かった。一応彼女も白夜との戦争であちらの国へ何度か出ているはずなのだけれど、日焼けしないのは体質なのだろうか。だとしたら可哀想なことだ。

「シャルロッテ、お父様の伝言? それとも私用?」
「両方です、レオン様」
「伝言だけにしてくれると助かるんだけど」
「それは私を臣下にしてくださるということですか?」

 そろそろ仕える主を決めてもいい年頃なのに、シャルロッテには主がいない。理由は簡単。シャルロッテは僕の臣下になることを望んでいて、それを僕が拒否しているから。暗夜は日が照らないせいで作物が育たなくて国全体が貧しい。基本がそんなものだから生きていくだけでやっとで、貯蓄などない。そこにさらに雨が降らないことが続いて作物が育たないところを、その地域に偶然水系の竜脈があって王族が雨を降らせたという伝承がある。そのせいで暗夜の王族信仰が一部の民に広まっているのだ。確かに大地を変動させる力は王族以外の人からしたら神のようなものだろう。けれど竜脈はけして自分の意のままに雨を降らせられる訳ではないし、偶然が重なっておきた奇跡である。もし本当に僕が、王族が神ならばこの国全体を覆う雲を吹き飛ばすだろう。けれどそんなこと出来やしない。だから僕は神ではない。なかなか筋が通っている理論だが、生憎のこと、この理屈は熱心な王族信仰主義のシャルロッテには通じないのだった。

「……君は貴族の家柄だし、王家への忠誠もずば抜けてあつい。武道も魔道も突出してはないものの人並み以上にはこなせる。何より軍師の才能は絶対的だ。望めば次期国王、マークス兄さんの臣下にだってなれるはずだよ」
「マークス様が死ねとおっしゃるならばこの命いくらでも差し出しますし、乞われればどこの戦場へ馳せ参じる覚悟は出来ております。でも私はこの命、レオン様に捧げたいのですわ」
「……そうだね、君はカミラ姉さんが好きそうな可愛らしい顔立ちをしている。それに戦力としても申し分ない。望めばカミラ姉さんが喜んで臣下にしてくれるだろうさ」
「カミラ様が死ねとおっしゃるならばこの命いくらでも差し出しますし、乞われればどの様な命令でも遂行する覚悟は出来ております。でも私はこの命、レオン様に捧げたいのですわ」
「君は王族を信仰しているのだろう。何が不満なんだよ」
「不満など何も。けれども私の願いはただ一つ、レオン様に忠誠を誓うことなのです」

 子供のように純粋で、無垢な瞳がまっすぐ僕を見つめる。こんな綺麗な瞳をしている人が世の中に二人もいるのだから、まだ地上は楽園の名残を宿しているのかもしれない。他国に戦争を仕掛けている、この国でも。

「……はあ。それで? 結局お父様の伝言はなんだったの?」
「申し訳ありません。国境のあたりで白夜の兵が不審な動きを見せているとのことで偵察にいけと。もし本当ならば殲滅して帰って来いとのことです」
「了解」

 民を飢えさせないためには戦争は仕方のないことなのだ。どうあがいても貧しさは変わらないのならば、あるところから奪うしかない。人道的に間違っていても王族としては間違っていない。国のため。それが分かっているから僕らきょうだいは殺戮を繰り返す。自国を守るために奮起した、罪のない人を殺すのだ。だから……多少の間違いにも目を瞑るのだ。

「兵は? どのくらい?」
「レオン様の臣下のみで足りるだろうと」
「偵察だけならそれで十分だけど、戦闘になると厄介だな……シャルロッテ、ついて来てくれる?」
「勿論ですわ」
「そう言ってくれると思ったよ」
「なにか手柄を立てましたら、褒美にレオン様の臣下に取り立ててくださいね」
「……他のことなら、いいよ」
「では望みはありません」

 欲のないことだ。命の危険がある場所へ連れて行かれて、一番欲しいものは与えられないのに文句も言わず付き従って。シャルロッテと一緒にいると無償の愛って本当にあるのかもしれないと、母の愛を与えられなかった僕はたまに勘違いしそうになるのだった。