倶利伽羅くんがそっけない。原因にはしっかり心当たりがある。お風呂のラッキースケベ事件である。あのことについてちゃんと謝って貰って全ては解決したように思ったんだけど、どうも倶利伽羅くんが一人照れているようなのである。シャイボーイか。こっちが気にしていなくてもあっちが気にしていると釣られてなんだか恥ずかしくなるからやめて欲しいものである。しかしこんな悩みは誰かに相談しにくいので、気まずいまま日々が流れていくのであった。

(女の子って意識してくれってるってことかな)

 そうだとしたら嬉しいんだけど、このままの状態も困る。どうやって前みたいに意識せずに話せるようになるか考えているのだけれど、生憎そっち方向の経験があまりにもないので全く思いつかなかった。

「結香里ちゃん」
「乱くん」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。なぁに?」
「大倶利伽羅と何かあった?」
「うっっっっっ」

 ストレートな言葉のせいで頬杖をついていたのが滑って机に顔をぶつけてしまった。この反応から察した乱くんは「何かあったんだね!?」と目をキラキラさせている。乱くんはその可愛らしい外見のせいか、男の子というのは分かっているのだけれど、どうしても女友達というイメージが抜けないのだ。だからちょっとだけなら言ってもいいかなって気持ちにさせられてしまうのだが、これを言ったら厚くんや薬研くん先輩たち、挙句の果てには顔も知らぬ彼らの兄弟のもとへと噂が広まってしまうのが分かっているので誤魔化しきりたい。

「ねえねえ、教えて教えて! 協力するから〜」
「プライバシーに関わることだから無理です!!!! ノー!!」

 ケチー!!なんてやり取りを続けていると、鞄の中でスマホがちかっと光ったのが見えた。SNSの通知で、倶利伽羅くんだった。内容は今日家に友達を連れてきてもいいかというものだった。そんなに二人きりになりたくないのか……と思いながら、「いいよ」と返事を返した。

「大倶利伽羅関係だね?」
「なんで」
「今ちょっと残念そうな顔をしたもん!……なんて?」
「今日家に友達を連れてきてもいいかって」
「えっ、大倶利伽羅の友達!? 誰なの?」
「そこまでは聞いてないけど」

 うさぎの耳のついたカバーをつけたスマホを取り出して、乱くんはすごい速さで文字を打った。たぶん相手は倶利伽羅くんだ。返事を見て、厚くんたちの方へ駆けていく。乱くんが話した内容で大盛り上がりをしている。若い子は元気があっていいな、なんて年寄り臭いことを考えてしまった。

「結香里、今日俺らも遊びに行っていいか?」
「いいけど……?」

 今日、いったい誰が来るというのだ。そしてリビングにそんなに人が入るだろうか。




「……ただいま」
「倶利伽羅くんおかえり〜」
「お邪魔しまーっす!」
「邪魔する」
「こんちわ!!」

 学校からコンビニでちょっと寄り道したものの、倶利伽羅くん御一行よりは早く家についていた。金髪ロングの人や、やたら身長の高い人や、顔に傷のある人が一斉に入ってきたので正直死ぬほど吃驚した。男の子がたくさんいるから緊張するのか、はたまた彼らの雰囲気のせいか。類は友を呼ぶというか、ヤンキーなんです……? 硬直していると、後ろから乱くんたちが彼らを迎えた。

「皆久しぶり〜!」
「っておお!? 乱か? それに厚や薬研も!」
「獅子王は知ってたけどたぬきや杵がいるのは知らなかったぜ」
「大倶利伽羅も来るなら来るって教えてくれればよかったのに」
「……俺も今知った。結香里」
「はい!」
「机出すから手伝ってくれ」
「喜んで……」

 まさかの倶利伽羅くんのお部屋訪問イベントがここでくるとは思っていなかったのである。一緒に住んで入るけど基本はお互い不可侵で、リビングに居るときはお話したりするけど自室には入ったことなくて、ああ、緊張する!! 私を入れるのが嫌なわけじゃないんだと思うと少し嬉しくなった。
 ドキドキする心情を顔に出さないようにしながら、彼についていく。整理されているというよりは圧倒的にものが少ない部屋だった。座卓の上に置かれた勉強道具だけが、倶利伽羅くんの色を宿している。それを見て、切ない気持ちになる。だってこれじゃまるで、いつでもここからいなくなる決意をしてるみたい……。

「部屋、片付いてるんだね。男の人って散らかすものかと思ってた」
「長谷部もそんなことしないだろう」
「うん、そうなんだけど」
「テストが近いから、勉強会する流れになった。だが、この調子だと無理そうだな」
「やばいの?」
「……俺は苦手科目だけだが、他の奴らが」
「テストいつなの?」
「一週間後」
「私の所より早いんだね。よかったら教えようか?」
「そうしてくれると助かる」

 そう言って倶利伽羅くんは薄く笑った。私に教科書だけを渡して、賑やかなリビングへと机を運び始めた。優しげな笑に打ちのめされた私は、呆然と立ち尽くしていた。