秘密って、いいものだと思っている。同じ秘密を抱えることで共犯者になることで、どうやったって仲間意識が高まるものだから。私は彼の秘密に触れたい。今ある秘密だけじゃ全然足りない。なんで倶利伽羅くんのことが好きになったのかもわからない。顔立ちはそりゃ整っているけれど纏うオーラはどちらかと言えば近寄りがたいものだ。それでも出逢ってすぐ好きになってしまった。それはきっと、彼がアンバランスだから。青年と少年の狭間。未成熟な心と体。だけどきっと彼は闇を知っている。何もかもに恵まれてのんきに育ってきた私とは違って、憂う瞳はきっとこの世の闇を知っている。人間は自分にないものを持っている人間に、どうやったって惹かれてしまういきものなのだ。

「ね、倶利伽羅くん」
「ああ」

 相変わらず自分のことは何も語ってくれない倶利迦羅くんだから、代わりに私は私のことをたくさん話す。きっと倶利伽羅って名前もうそだよねって思いながら、ちょっと泣きたい気持ちになりながら、それすら触れずににこにこ笑って彼の心を絡めとろうとする。無邪気な女の子を演じて、ご飯で胃袋を掴んで、周りからそっとそっと、彼に近づいていく。
 まだ入学式まで数日猶予があるので、服とか、鞄とか、引越しですっかり忘れていたものを買いに行くことにした。荷物持ちを強請ると倶利迦羅くんはあっさり一緒に出かけることを許諾してくれたから、人ごみは平気なのかと、意外に思った。

「せっかく受験も終わったしたくさん買物しようと思うんだ」
「そうか」
「倶利伽羅くんもなにか買わないの?」
「俺は特に」
「せっかくかっこいいんだから服とか買えばいいのに」
「……俺が?」

 中心街の方へ二人で向かいながら雑談をする。私の発言に驚いた倶利伽羅くんが歩みを止めた。合わせて私も歩みを止めて、そのまま見つめ合う形になった。こちらが照れてしまうくらい、倶利伽羅くんはまっすぐ瞳を見つめてくる。最初は純粋な驚き。それから探るように。

「うん。お世辞じゃなくてとってもかっこいいと思うよ」
「……初めて言われた」
「そうなの?」
「ああ」
「私が初めてなの、ちょっと嬉しい」

 私の言葉に答えずに歩き出した倶利伽羅くんはきっと照れていたのだと思う。ほんのり赤みが増したように見える肌に、頬を緩めながら、走って彼の隣に並んだ。



「……もういいか」
「うん! いっぱい持ってくれてありがとう」
「構わないが、これは俺がいなくても買うつもりだったのか」
「そうだよ〜必要なものだしね」

 主に私の買ったもので両手が埋まった倶利迦羅くん。主に、というのは途中で倶利伽羅くんのお洋服も買ったから。私のお気に入りのショップにメンズもあったから、カップルで同じ系統のコーデ着るの憧れるなと思って試着をしてもらったのだった。そうしたら予想をはるかに上回って似合うものだから、長谷部おじさんに連絡して買う許可をもらったのだ。聞けば、おじさんの服を借りて適当に来ていたので自分の服はあまり持っていなかったらしい。丁度いい機会だったと思う。服や鞄が主だから重さはたいしたことはないだろうけど、かさばって大変そうだ。もっと持つよと声はかけたのだけれど、渡してくれたのはたったの二個。同年代の男の子からの女の子扱いに胸がくすぐったくなった。
 近道で商店街を抜けていると可愛い雑貨のお店があった。可愛いお弁当箱に興味を惹かれて立ち止まる。私の気配に気づいた倶利伽羅くんが声をかけてくれた。

「どうした」
「高校生はお弁当だし、お弁当箱持ってなかったなって……」
「見ていくか?」
「いいの? 荷物重くない?」
「これくらい増えてもたいした重さじゃない」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

 今日は倶利伽羅くんに甘えてばかりだな、と思う。店内に入ると、新学期直前だからか、お弁当箱のコーナーが大きめだった。

「長谷部は作れないぞ」
「お弁当? 大丈夫だよ、私が作るから」
「凄いな」
「たいしたものは作れないけどね。倶利伽羅くんもお弁当?」
「……考えてなかった」
「もし、よかったら、だけど。私が作ろうか」

 自然に言えただろうか。緊張して汗ばんだ手で服の裾を掴んで誤魔化す。返事が何もなくて困惑していると、倶利迦羅くんは真っ直ぐに私を見つめていた。本日二度目だ。言葉は少ないくせに、なんで彼はまっすぐ見つめてくるのだろう。心の中まで見透かされそうでなんだか落ち着かなくなる。

「いいのか」
「いいよ」
「手間じゃないのか」
「一人分も二人分も変わらないよ」
「迷惑じゃ、ないのか」

 あ、これ、本音だ。
 倶利迦羅くんの心の中にしまいこんだ秘密、もしくは柔い部分に私は今触れている。彼の過去は知らないし、だから何があったのかわからないけど、何を求めているかは推測できる。

「そんなこと思うわけないよ。お揃いのお弁当ってなんだか家族みたいで照れるね」

 だから私は彼の欲しい言葉を上げる。代わりに、秘密を少し貰う。そうして仲良くなって、私たちは家族に近づいていくのだ。

「そうだな」
「同じ学校だったらきっとからかわれちゃうよね」
「違う学校で良かった?」
「かもね!」

 笑いながら私はお弁当箱をレジに持っていった。男物も買わなきゃなあ、と呟くと倶利伽羅くんはわずかに嬉しそうな顔をした。