結局言いくるめられた長谷部おじさんを見て、いつの時代も女が強いのだなと痛感した。私の住む部屋がなかったので、思いため息を吐く長谷部おじさんとあいもかわらず無表情の倶利伽羅くんと楽しい物置の大掃除を開始することになった。物置といっても、別段部屋が狭いわけじゃない。ベッドや勉強机を運び込んでも結構生活ができそうなくらい広い部屋だ。そこに昨晩発掘できなかった炊飯器をはじめとした生活に必要であるだろうものが雑多と詰め込まれた部屋を彼らは物置と称しているのだった。電化製品全部買うといくらかかるのかと心配していた私にとってこれは嬉しい誤算だったと言える。か弱い女の子に力仕事は向いていないので山を切り崩すのと私の私物を運び込むのは男ふたりの仕事である。私の仕事は使えるものとゴミに分けること。男手があるのは最高だ。


「まったく……なんでこんなことを俺が」
「日中にこれでも倶利伽羅くんが頑張ってくれたんだよ、おじさん!!」
「俺は仕事をしていた」


 いきなり有給は取れなかったらしい。あまりにも家の中がごたついているので近いうちにとってくれるらしいけれど、果たして社畜マンの長谷部おじさんは休みを勝ち取れるのか。


「おい、力を抜くな! 俺に荷重がかかっている」
「……抜いてない」


 ベッドは重たいだろうなあ。仲が良さそうな二人のやり取りを聞きながら私は晩ご飯の準備にかかった。とは言ってもまだそんなにレパートリーは多くない。通学が短くなったのだからその時間を使って料理を習得しなさいね、これが花嫁修業ですよとお母さんには言われている。文明の利器を片手に検索し、これなら作れそうだと思うものを探し出すのが至難の業だ。というか冷蔵庫の中身と相談しなくてはいけないから意外と大変。徒歩での買い物のため貧相な冷蔵庫の中身を見て、煮物くらいならできるかな、と発掘したばかりの鍋を片手に準備を始めた。



「……結香里、意外と食べれる物を作るんだな」
「意外とってなに、長谷部おじさん」
「いや……昔はあれほど、その、不器用だったから」
「子供は成長する生き物なの!」


 美味しいって言われなかったあたりが私なのだけれど、長谷部おじさんは取り繕うことを知らないのでまずいと言われなかっただけすごいと思うことにした。これから卒業までに上手くなる予定なので何の問題もない。


「今更なんだけど私ここに住んでも良かった?」
「もう住むしかないだろう」
「だよね。ごめんね〜あと倶利伽羅くんっておじさんとどういう関係なの? どうして倶利伽羅くんはここにいるの?」


 会話は少なくとも和やかな空気だった空間が突然凍りついた。二人はアイコンタクトを交わし、私の様子を伺い、諦める気がないと悟ったらしい。おじさんが箸を置いて、改まった顔で話し始める。


「血縁上は他人だ」
「だよね。親戚の集まりで見たことないもん」
「だが――甥のようなものだと、思っている」
「その辺、詳しく聞いてもいい?」
「今は、まだ言えない。だが、いつかは、と」
「分かった。待ってる。お母さんには言わないほうがいいよね」
「そうしてくれると助かる」
「分かった」


 おじさんにとっての、私のような存在。年が離れていて、血も繋がらないのに、積み重ねた時間もないのに、それほど親しく思われる理由はなんだろう。男同士にしかわからない何かが二人にはあったのだろうか。とりあえず恋人ですとかそんなオチはなさそうで安心した。だってそんな展開だったら気まずいにも程があるし、芽生えたばかりの恋心を諦めるのは辛いもんね。