「す、炊飯器がない……」

 あんまりにも帰ってこない長谷部おじさんに嫌な予感がして倶利伽羅くんに「おじさんはいつ帰ってくるの?」と聞いたのが先ほど。「遅い」と返事が返ってきてこれはおじさんが帰ってくるまで待っていたら食いっぱぐれると本能が警告してきた。同い年くらいの女の子は平然と晩御飯を抜いたりするのだけれど、私はそんな女子力なぞ持ち合わせていないので無理です。申し訳ないと思いながら台所を物色していると、包丁とフライパン、あと鍋は出てきたけど他がなかった。当然のように冷蔵庫に食材もなかった。とどめとして、炊飯器すらなかったので作れる料理の幅がかなり狭まった。
 だって男の人二人いるんでしょ? どれだけ食べるか分からないけどお米なしおかずのみで耐えられるとは思えない。晩ご飯何がいいのかな。

「ねえ、晩ご飯……」
「いらない」
「う、う〜ん。倶利伽羅くんシチューとか食べれる?」
「食える」

 あっこの子長谷部おじさんタイプの人間だ。放置したら死ぬ奴だ。

「お腹すいたしご飯作ろうと思うんだけど、よかったらスーパーまで案内してくれない? この辺よくわからなくて」

 そうお願いすると、倶利伽羅くんは無言で立ち上がって玄関へ向かった。喋らないだけでめちゃくちゃいい子なんだな……。施錠はどうするか悩んでいると、合鍵を持っていたらしい倶利伽羅くんが行ってくれた。無言のまま彼は歩きだし、遅れて私がそのあとを付いていく。スーパーは思ったよりも近くにあった。
 何もない、つまり明日の朝すら危ういし飲み物もあるかわからないので大量の食材をカゴへ放り込む。お米を買おうか非常に悩んだのだが、持ってくれと言いにくかったのでまた今度にすることにした。ペットボトルもたくさん買ったから重いし。会計を済ませると、傍に控えていた倶利伽羅くんが私の手から買い物袋を奪い取った。

「わっ、いいのに」
「俺は非力じゃない」
「ならお願いしようかな。ありがと」

 いい人だなあ。好感度が跳ね上がる。第一印象がとっつきにくかったからどうしようかと思っていたんだけど、ちょろい私は既に彼に懐いてしまった。だって同年代の男子って子供ばっかりだからこんな優しくされたことないもん。ドキドキしちゃうの当たり前だもん。

「ね、ね、倶利伽羅くんは何年生?」
「今年入学する」
「高校だよね。なら同い年だね! 私はおじさんの家の近くの県立なの〜」
「そうか」
「ちょっと厳しかったんだけどね、制服可愛いし頑張ったの」
「可愛い?」
「知らない? シャツの色もネクタイやリボンも選べるの! あとね〜鞄とか靴とか指定全くないの」
「よかったな」
「うん! あ、倶利伽羅くんはおじさんとどういう関係なの?」
「……血の繋がらない、叔父、のような」

 帰り道は私が一方的に話し続けた。そっけなくはあるけれどちゃんと話を聞いている返しなのがいい。年頃の女の子は些細なことで恋に落ちてしまう単純な生き物だ。そして一度恋をすると止まらなくなる。ロミオとジュリエットのように、破滅まで一気に駆け抜ける生き物なのだ。好奇心を殺しきれず、ちょっと踏み込みすぎかなと思ったけれど、気になっていたことを聞いた。今までと違って間があって、機嫌を損ねたかなって心配になった。

「そう。複雑なんだね」
「ああ」

 血の繋がらない叔父、か。ふとおじさんの顔が脳裏によぎった。顔が悪いわけじゃない。むしろおじさんは整っている部類だ。内緒で付き合っていた人がいたとしてもおかしくはない。その人にはきょうだいがいて、事故か何かできょうだいともども死んでしまって、残された倶利伽羅くんを黙って引き取って、でも親戚には言えないからこんなことに――?
 まさか、と思って倶利伽羅くんの顔を見る。

「なんだ」

 びっくりするほどイケメンだった。
 じゃない。不幸そうな顔立ちをしている(ように見える)。しかもよく見たら腕が細い。足も細い。これってもしかして両親を亡くしたショックで食欲がなくなっているのでは――?

「倶利伽羅くん」
「なんだ」
「おいしいごはんを食べて、幸せになろうね……」
「……?」

 たかだかシチューだけれど。具材にあれこれ工夫してうんとうんと美味しくしよう。そう決意した。長谷部おじさんは、家に帰ってごはんを作っている最中に帰ってきて、私の包丁の音をBGMにお母さんと言い争いをしていた。