お母さんには年の離れた弟がいる。私は長谷部おじさんと呼んでいる。お母さんとおじさんと私はだいたい十歳差間隔なのでお互いちょっと距離感がある。ある程度年が離れていれば世代が違うからって割り切れるんだけど、割り切るには近いし、仲良くするにはちょっと遠い微妙な距離なのだ。だけどおじさんは私のことを可愛がってくれるので、好きな方だったりする。

 私のお母さんの家はそこそこ名家で、名家というよりはお金持ちっていう感じなんだけど、そこの跡取りとして長谷部おじさんは生まれたのだった。末っ子長男、しかも年の離れた女兄弟に囲まれたら甘やかされて我儘に育ちそうなんだけど長谷部おじさんは違った。成績優秀、運動神経抜群、生徒会長などもつとめあげ先生からの信頼も厚い。ルール違反は絶対しない。こっちが心配になるくらいストイックで、有名大学卒業後大手企業に就職しどこまでも理想的な育ち方をしたのだけれど、ちょっと厳格すぎた。そろそろ身を固めてもいい歳なのに恋人の一人もいない。しかも有能なのと期待に応える性格が重なって社畜へと進化してしまった。どれぐらい社畜かっていうと、ご飯が、栄養が取れるまっずいスティックとゼリーって言えばわかるかな?

「国重が心配」

 あ、国重って長谷部おじさんのことね。親族の間で話題になって、せめて食生活だけでもと思ったのに本人は改善する意思がないし恋人の影もない。そこで白羽の矢が立ったのが私だった。今年高校一年生になって長谷部おじさんの家から近いところに学校があるのだ。家からだと電車で長い時間かけて通学しないといけないので花嫁修業も兼ねて国重にご飯を作ってあげてって放り出されたのだ。
 年頃の女の子を一人暮らしの男の家にぶん投げる普通!? 信じられないと思ったけど、長谷部おじさんの今までの歩みを思えば間違いなんて起こるはずもないのだった。あと一緒に暮らしてもいいなってくらいおじさんは私に優しい。そんなこんなで、私は今、セキュリティが異常に頑丈で高級そうなマンションの中にいる。

「長谷部おじさんこんにちは〜結香里です」

 結香里を住まわせるなんていったら絶対に反対されるからって荷物は業者に頼んで問答無用に運ばれている。あとは私がなに食わぬ顔で行けば私に甘い長谷部おじさんは許可するだろう、というのは親族の見解だった。

「おじさん? いないの? 開けちゃうよ〜?」

 日曜日にいったのにいないとはこれが社畜の実力……社畜、恐ろしい子っ! ダメもとでドアを開けるとあっさり開いた。無用心だなと思いつつも容赦なく家に上がり込む。だって外で待ってるのは視線が痛いんだもん。

「……誰だ」
「えっ?」

 誰もいないと思った部屋にはしかし、先客がいた。私と同い年くらいの、褐色肌の、ちょっと髪が長い男の子。当然見覚えはない。鋭い眼差しとこのオーラ、はっきり言ってヤンキーです本当にありがとうございます!!!!!

「誰だ」
「なんで? 長谷部おじさんは? あれ??」

 大混乱。部屋を間違えたのかなって慌てて表札を確認したけれどちゃんと長谷部って書いてた。誰だ。誰だこの子。親戚にこんな感じの子はいないし長谷部おじさんの友達にしては若すぎるしいったいどういう関係なんだ……!

「長谷部の知り合いなのか」
「う、うん。私長谷部おじさんの姪の織田結香里って言うの。今日からここにお世話になるから来たんだけど……」
「長谷部からは聞いてない」

 事後承諾だもん。と言ったら絶対追い出されると思ったので黙った。

「そっか……おじさんはいつ帰ってくるかな。私のことわかると思うから会ってお話したいの」
「多分夜だ」
「仕事?」
「だろう」

 ちゃんと返事してくれるけど最低限のことしか言わないなこの子! 名前も名乗ってくれないしな!!
 拒絶されてる感じはしないので椅子に座って寛ぐ。見知らぬ男の子は何も言わない。私から視線を逸らして、じっと黙っていた。

「……」
「……」
「……」

 それからどれくらい時間が過ぎただろう。男の子は何をするでもなくソファの上で体操座りして膝の上に顔を押し付けている。なんでそんなに窮屈な体勢とるの! おじさんの家一人暮らしとは信じられないくらい広いんだからもっと寛ぎなよ! 私の家じゃないけどそれくらい許すよ!! 沈黙に耐えかねて私は彼に声をかけた。

「ね、ねえ。そう言えば君なんて名前なの? どうしてここにいるの?」

 見知らぬ彼はゆっくりと顔を上げて、爆弾を落としていった。

「倶利伽羅。ここに住んでいる」
「え……?」

 どういうことなの、ほんと。