刹那的な生き方をしているけれど、もう少し賢い人だと思っていた。けれど倶利伽羅くんに対するそんな印象は改めなくてはいけないようだった。

「その顔どうしたの」
「なんでもない」
「どうしてそんなことになったの」
「なんでもない」
「なんでもなくないでしょ!!」

 電気もつけずに座り込んでいた倶利伽羅くんの顔は青痣がくっきり付いていたし、赤く腫れていた。顔にこびりついているものは鼻血だろう。汚れた服からも派手にやりあったことがわかる。呆れと、怒りと、心配と。いくつもの感情が交じり合って私は一瞬どうしていいかわからなくなってしまった。

「冷やさなきゃ……いやその前に洗ったほうがいいかも。あと病院」
「いらない」
「でももし何か怪我してたら」
「いらない」

 清潔なタオルを、と思って立ち上がりかけた体は不自然な状態で止まった。抜き身の刀のような、鋭い殺気が私に飛んでくる。こんな倶利伽羅くんは初めて見た。恐怖もあったけれど、悲しみから私は泣き出してしまった。こんなに心配しているのに、倶利迦羅くんは私の気持ちを突っぱねるだけなのだ。押し付けている好意はただのエゴかも知れない。日々かけている呪いは重荷かも知れない。でも、私は、あなたのことを心配しているだけなのに。

「怖いか」
「怖くなんてない」
「泣いてる」
「これは悲しかっただけだよ」
「なんで結香里が悲しいんだ?」

 本気でわかってない様子で倶利伽羅くんは尋ねてきた。育ってきた環境が、愛を与えられないものだったから、倶利伽羅くんは自分に向けられる愛というものを存在しないと思っているのかもしれない。だから長谷部おじさんの優しさをきっちり清算しようと思っているし、私の気持ちにも気づいてくれないのだった。

「倶利伽羅くんが悲しい思いをしているから」
「別に俺は」
「でも、痛いでしょ? 喧嘩したってことは、殴られたってことは、誰かから悪意を向けられたってことでしょ? この間きた子と喧嘩したのでも別の人でも、悲しいでしょ」
「……たとえそうだったとしても結香里まで悲しくなる理由がわからない」
「倶利伽羅くんが好きだから」

 金色の瞳が、まるくなった。
 初めてみた表情だった。私の知らない倶利迦羅くんはまだまだたくさんいるのだ。だけど、私はあなたの全部を知りたい。

「だから、家族になろう。私と結婚して長谷部おじさんの本当の甥になっちゃおう。ここが借り物の家じゃなくて、本当の家になって、そして家族三人で暮らそう」
「本当の家族……」
「うんって言ってくれたら、私たちは家族になれるんだよ……」

 倶利伽羅くんの返事は言葉じゃなかった。噛み付くような、キスだった。





 あれから数年経って、私たちは大学を卒業して社会人になっていた。長谷部おじさんの家を出て行って二人で暮らしていたのだ。学生の時は狭いところに住んでいたけど、収入を得るようになって、それより広い家に引っ越すことができたのだった。

「三人だった家族が二人になったな」
「そうだね。寂しい?」
「前の家にいたときは長谷部と暮らしていた時と広さが変わらなかった」
「今の家は大きいもんね……でももう少ししたらきっと狭くなるよ」
「え」

 金色の瞳が、まるくなった。
 あまり見せないその表情に私は嬉しくなる。

「また、三人暮らしになるね、お父さん」