「結香里ちゃんここ教えて〜〜」
「俺英語頼む」
「任せてください!!」

 予想以上に深刻だった倶利伽羅くんのお友達のテスト勉強会。私の学校はまだ少し後なので危機感のない乱くんたちがお菓子食べよ〜ゲームしよ〜と妨害もしてきたのもあって勉強会というよりなんとか課題を片付ける会になってしまった。倶利伽羅くんは苦手科目だけで済んだので主にお友達に教えることが多かったのだけど、みんな優しくて気さくな人で楽しかった。また遊びに来て欲しいなあ。

「……伝えておく」
「えっ」
「口からでてたぞ」

 私の顔が赤くなったのは恥ずかしさのせいなのか、柔らかく微笑んだ倶利伽羅くんを見たせいなのか。倶利伽羅くんは基本的に表情が動かない。幅もない。仏頂面がデフォルトで怒った顔は見たことないし、私が見たのは照れた顔と、切なそうな顔と、たまにこうして優しく笑う顔くらい。勘違いされやすいんだけど、実は優しい人なんじゃないかって思っている。

「ありがと……あの、友達、いい人ばっかりだったね」
「喧しいけどな」
「に、賑やかなのはいいことだと思うよ」
「そうだな。ひとりでいるより、ずっと……」

 あ、遠い目をした。何かに思いを馳せている。それはきっと良くない記憶だろう。男性にしては細い腕と血縁関係でもない長谷部おじさんに引き取られたこと、それから些細や優しさに過剰に反応することからなんとなく察している。彼が心を許してくれるまで触れてはいけない。分かっているけど私は知りたい。倶利伽羅くんの家族に――暖かい居場所になりたいと思っているくせに、自らの欲望の方を優先させてしまう、そんな人間なのだった。

「一人だったの?」

 なんでもない世間話を装って尋ねた。心臓がバクバクしている。彼はこの質問で傷つかないだろうか。嫌がられないだろうか。拒絶されないだろうか。心配なのは私のこと? 倶利迦羅くんのこと?

「長谷部に引き取られるまでは」
「その、言いにくいことだったらいいんだけど、ご両親は……」
「まだ生きてはいる。が、俺には興味がないみたいだ」

 なんの気まぐれだろうか、倶利伽羅くんは彼の昔話をしてくれた。両親が不仲だったこと。子供にはあまり興味がなかったこと。少ないながらもお金はおいていてくれたから飢えて死ぬことはなかったけど、寂しかったこと。偶然、小さい頃近所に住んでいた長谷部おじさんと再開して、家庭環境を心配して養子として引き取ってくれたこと。その際に、両親は一切の反対を示さなかったこと。

「そうなんだ」
「昔のよしみというだけであの地獄から救ってくれた長谷部には感謝してる。今はまだ無理だが卒業したらすぐ働いて、色々返したいと思ってる」
「長谷部おじさんはそんなこといらないって言うよ」
「ああ」

 だからなんだなあ。部屋に荷物が少ないのはここが自分の居場所じゃないと思っているから。借り暮らしだと思っているから。邪魔だと言われたらすぐに出ていこうと思っているから。そんなの寂しいなって思う。平凡な家庭で平凡な幸せを与えられて育ってきた私にはわからないことだけれど、与えられなかった分を、私が埋めてあげたい。

「家族なんだから、そんなの必要ないよ」
「かぞく」
「血の繋がりがなくたって倶利伽羅くんは、もう、私の家族だよ」

 どうか気持ちが伝わりますようにと祈りながら、腕を伸ばしてぎゅっと抱きしめる。

「ありがとう」

 おずおずと遠慮した様子で背中に回された腕が、たまらなく愛おしかった。