テストで満点を取るのは簡単だ。世界史も日本史も暗記してしまうだけだし、数学はたった一つの解に向かって進んでいけばいいし、国語も文章の中に答えがある。
 大人の機嫌を取るのは簡単だ。提出物をきちんと出す、とか、世間の脇の中に収まってしまえばそれでいい。いい子であればそれでいい。たまに悪い子の方が好きな大人もいるけれど、非の打ち所がないように振舞う様を見て、それで文句をつけてくることは殆どない。
 弟たちの世話は、他のものよりか幾分難しいけれど、それでももう何年もやっているので慣れたものだ。人数が多いから騒がしいものの、みんな基本的にはいい子ばかりだし苦痛に思ったこともない。さて、なんでも出来る私だけれど、たった一つできないことがある。

「一期くん」

 それはみょうじさんの一番になること。彼女の好みの満点になること。弟たちにかまけて、同性の友人はいたけれどあまり遊ぶことはなかった私だから、女の人との付き合い方なんて殊更にわからない。でも恋をしてしまったから、この難問をどうにかして解くしかないのだ。

「なんでしょうか」
「学年主任が呼んでたよ。職員室に来て欲しいんだって」
「そうですか。ありがとうございます」
「進路のこと?」
「ええ、きっと」
「そっかあ。推薦で特待枠狙ってるんだっけ? 凄いねえ」

 みょうじさんとは同じ生徒会の仲間だった。それで以前より交流はあったがお互いに忙しいのであまり話すこともなかった。二年生からのクラス分けで、偶然進学コースに進み、文理も同じだったからこうして同じクラスになれたのだった。そこで席が隣になって、意外とウマが合ってそして今では一緒に図書室で勉強するくらいの仲になっている。しっかりしてる、とか真面目、とかそんな評価をくだされてしまう私だったから与えられたものを全てこなしていただけだ。その結果がこれなわけで、夢に向かって何をしたわけでもない。なんとなくやっていただけで褒められたものではないのだ。

「いえ、そんなことは」
「私も一期くんと同じ大学狙ってるから頑張らなきゃだ」
「みょうじさんなら大丈夫ですよ」

 ありがとう、と言って彼女は姿を消した。そこでやっと私は一息つく。ああ、緊張した。上手く話せていただろうか。



「いち兄、ため息。どうしたの?」
「乱」

 リビングでいつものように宿題をしていたのに今日はあまり進まないと思っていたが、態度にも出ていたとは。

「な〜に? 受験のこと?」
「いや、それは大丈夫だよ。推薦の枠が貰えることになりそうだから」
「なら恋煩い?」
「え?」

 だいぶ年が離れているけれど、そういうことに興味津々の年頃の乱だからその結論になるのは当たり前だった。軽く受け流せばいいのだけれど、予想外のことにフリーズした私は、どうやら随分分かりやすい反応をしてしまったらしい。

「あ、顔が赤くなった。そうなんだ!」
「ち、ちが」
「ねえ、あいては誰? 同じ学校の人? どこまで進んだの?」
「私とみょうじさんはそんな関係じゃ……!」
「みょうじさんって言うんだ! あ、確か同じ生徒会の人だよね」

 私たちは仲がいい兄弟だと思う。だからいつもお互いの話をしているのだが、今回はそれが裏目にでてしまったようだ。にやにやと笑みを浮かべながら乱が隣へ移動してくる。これは本格的に問い詰めるつもりですな。

「ふ〜ん、まさかいち兄がね」
「……受験生だし、告白するつもりもない。乱は気にしないでいいよ」
「何それっ! 本気で言ってるの?」
「そうですが」
「もーダメ! いち兄全然ダメ! 卒業式に〜とか思ってるんだろうけどそんなんじゃ先越されちゃうよ! 両思いになってすぐ遠恋とか別れちゃうよ!」
「そんなものなのですか……」
「そーだよ! それにまだ文化祭とかイベント残ってるんだから青春しないと!」

 乱が言うからには、きっとそうなのだろう。テストの問題は簡単に解けるのに、恋の方程式はどうしてこう順番すら間違えてしまうのか。いっそ恋の形とはどのようにあればよいのか、教科書に載っていたらなあと思う私なのであった。