眠れない夜に、私は部屋からそっと抜け出した。洋室の扉はきちんと光を遮ってくれるけど、ふすまは強すぎる光は遮ってくれない。動いてしまったらますます寝付きが悪くなるかもしれないけれど、眠れず朝まで過ごしてしまうのならば気分転換もいいと思った。現世での自分の部屋にベランダが付いていたから空を眺めるのは日常のことだった。けれど本丸にやってきて、慌ただしい日々を過ごしていると次第に空を見上げることはなくなった。だから、たまにはのんびりするのもいいかなと自室からでていく。

「おお、主か」
「三日月さん。どうしたのですか、こんな時間に」
「それは俺のセリフだな。女子がこんな夜更けに危ないぞ」
「……皆様がいらっしゃるのです、何が危ないことがありましょう」
「はは。……頼りになるものなあ、ここの連中は」

 彼の言い方はのんびりとしたものだったが、少しだけ刺のようなものを感じて、私は探るような視線を三日月さんに向けた。三日月さんはもうこちらを見ておらず、満月を眺めている。視線を感じているだろうに振り向くこともない。まだ馴染んでいないのかな、と思う。無理もない、彼は最近ここに来たばかりなのだ。

「私は三日月さんも頼りにしておりますよ」
「そうか?」
「確かに、出陣は行っておりませんけれど」

 天下五剣と称される三日月さんは、その名に相応しく入手難易度が極めて高い。例に漏れず私もなかなか三日月さんに会うことができなかった。鍛刀を行ったり、厚樫山へ何度も足を運んでようやく会うことができたのだ。中には彼を求めて無理な進軍をする人もいるみたいだが、私は気ままにやっていたので入手が遅かった。それが、今三日月さんがひとりでいることの原因になってしまうのだが。
 一人だけ遅れてやってきた三日月さんは、他の人達と練度の差が大きく付いてしまっていた。一回りどころか二回り、いや三回りだろうか。最近検非違使がでるようになり、それらがめっぽう強く、どういうわけかこちらの練度を調べ、それに合わせて隊を組んでいるのだ。そのため、同じ練度の仲間がいないので出陣させてあげることもできない。人の身に慣れて剣を思うように振るうことができたとしても実践と練習は違う。周りに仲間がいれば気持ちの面も助かるだろうが、一人ではもしくじけてしまった時にどうすることもできない。函館ならば一人で行けるかもしれないが、初期刀の加州を一人で出陣させて怪我をさせてしまったことがトラウマになっている。だから演習に連れて行ったり、遠征にだしたりして練度を上げているところなのだ。それでも、一度も出陣していないことが、彼と他の刀たちの間に見えない壁を作ってしまったのだろうか。

「……そう言えば、三日月さん。ここでの暮らしでなにか困ったことはありませんか」
「ないぞ。三条のものも他のものも俺によくしてくれる。いたせりつくせりというやつだな」
「それならば良かった」
「不満はないが……今日はなんだか眠れなんだ」
「それは月の光が強いからでしょう」
「光?」
「睡眠に理想的な光の状態は真っ暗な状態です。今宵は満月で、光が強いですから」
「人の身とは不便なものだな」

 そっと呟いて、彼はまた月を見上げた。天下五剣の中で最も美しいと称されるだけあって彼はとても優美だった。神秘的なまでだ。瞳の中に月を宿している彼が夜空を見上げている様は、おとぎ話のかぐや姫を思い起こさせた。月の都に思いを馳せて、いつか彼は去ってしまうのだろうか。
 そう思うと、寂しくて。引き止めたくて、私は言葉を紡ぐ。

「ですね。でも、月が綺麗です。私はあなたとこの月を見ることができてよかった」

 三日月さんが振り向く。驚いたように瞳を大きくして、それから優しく笑って、言った。

「そうだな。明日も月が綺麗だといいな」