く、ら、い。微睡みから覚めると日は落ちていた。でもまだぼんやりと明るくて、夜というにはまだはやい時間帯だ。視界の中の線はぼやけていて明確な形にならない。浅く質の悪い眠りのせいか、起きたばかりだというのに猛烈な眠気に襲われる。いっそもう一度寝てやろうかと思った瞬間のこと。

「お、やっと起きたか」
「……ん」
「なまえほっといたらいつまでも寝てんのな」
「しょうがないでしょ、おはよう、ヒュウ」
「はよ。つってももう、夜だけど」

 一体今日は何時間寝ていたのだろう。最近はずっとこうなのだ。眠れなくて、だらだらと睡眠を貪る生活。人としてダメになっているなあとは思うのだけど、活動しようにも睡眠が足りていないとそれすらできないし。寝転ぶことに疲れて体を起こすと、布団で寝ていたはずなのに身体が違和感を訴えてくる。立ち上がる時にふらついた身体をヒュウが素早く支えてくれた。

「おっと」
「ありがとう……」
「気にすんな。そうだ、晩御飯はどうする?」
「食べる」

 ファイトマネーで買ったサザナミの別荘は、ヒュウの第二の家となっている。ヒオウギから来るより、チャンピオンロードに行くのが便利だからと、私の家を活動の拠点にしているのだ。たまに自宅に帰ったりポケモンセンターに泊まったりしているみたいだが、ポケモンセンターは長期間滞在する人に厳しい。旅のトレーナーのためにあるもので、ジム戦に勝つまでという目標があって日々修行しているとかなら別なのだけど、ヒュウはもうバッチを集めきっているからその言い訳は立たないのだ。
 斯く言う私もバッチは集めきっている。けれど、突然訪れた病気のせいでその上を目指すことを諦める羽目になった。長すぎる余生を療養も兼ねて過ごすことにしたのである。住んでみてわかったのだけれど、それで別荘をここに買ったことを後悔したのだけれど――サザナミは熱帯夜が多い。しかし、眠れないのは何もサザナミの熱帯の気候のせいだけではない。ある日を境に突然眠ることができなくなってしまった心臓のせいなのだ。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

 朝早く出発するヒュウを見送る。あの熱血漢は朝も早いが夜も早い。修行は朝早くにするものだと思い込んでいるっぽいのだ。日が出てからそんなに時間が過ぎていないのになぜ私が起きているのかというと、なんてことはない、ただ眠れなかっただけである。ヒュウと同じ布団に潜り込んで、私だけがぱっちりと目が覚めてしまっている。ヒュウの寝息しか聞こえない闇の中、長い夜をひとりで過ごすのはしんどいな、と思った。世界において行かれたみたいだし、何より一人で過ごすには夜明けまでは長すぎる。しんとした孤独はじわじわ精神を蝕んできて、気が狂いそうだ。たとえ話し相手になってくれなくとも、近くに人間の存在を感じられるのはありがたい。幼馴染で、恋人ではないけれど特別な立ち位置にいる彼をこれほど大切に思ったことはなかった。

「お前、ちょっとは日中起きておく努力をしたほうがいいんじゃねえの」
「してるつもりなんだけど」
「嘘ばっか。俺が帰ってきたらいつも寝てるじゃんか」
「それは……そうだね」

 ファイトマネーに限りはあることだし、真人間に戻ろうと一応外に出ようとはしてるんだよ。でも家から出ると途端に睡魔が襲ってきてどうしてもでることができないんだよ。

「俺と外食するときは起きてるじゃん。言い訳するなよ」
「確かにそうだけど」
「このままじゃマトモな人生送れないぞ」
「うん。分かってる」
「どうだか」

 肩をすくめてヒュウが言う。晩御飯食べるか。食べる。何がいい。ハンバーグ。手伝え。
 促されてキッチンへ向かう。私の家だというのに私よりヒュウが立つことの多いキッチンである。すっかり手馴れた様子で(旅を経験したトレーナーなら当たり前なんだけど)、ヒュウが包丁を操る。

「こうやってると新婚みたいだよな」
「何言ってるの」
「いや、男女二人でキッチンに立つって」
「だからって……!」

 びっくりしてヒュウの顔を見る。夜の闇の色をした髪と太陽の色の瞳。平然とした顔で彼は私を見つめる。当たり前のように私とともにあることを認識している。一人で夜と朝を体現している彼は、きっと世界に居場所がない私の唯一の帰る場所なのだ。