本丸に帰ってすぐ、暖かく迎えてくれた彼らにただいまと返事する暇を惜しんで鏡のある部屋に駆け込んだ。何十本もある刀たちをひたすらに顕現させる。一人を喚んだらすぐに次。最初に喚ばれた人たちは困惑した様子のまま立ち尽くしていた。それを視界の端で確認しながら、手を止めることなく顕現させ続ける。無茶が祟ったのか、途中で視界が揺れたけれど休むことなく顕現させ続けた。とにかく少しでも早くおじいちゃんとのつながりを断ち切ってしまわなくては。
 最後の一振を顕現させたら、季節はずれの桜が部屋の中に積もっていた。綺麗と感じる余裕すらなく私は床に倒れ込む。

「無茶、しすぎだ……」
「うん、ごめんね」

 霊力気力体力、すべてを使いきった私を、金色の髪の彼、山姥切国広が受け止める。全身の力が抜けて重たいだろうに、よろめくこともなくしっかりと支えてくれる彼は、近侍と仕事が多くても戦うために鍛えているのだろうなと思った。後はよろしくね、と呟いて私は意識を手放した。




 目が覚めると見慣れない天井があった。一瞬混乱したがすぐに記憶が蘇り落ち着きを取り戻す。いきなり大人数を呼んだから元からいたメンバーには苦労をかけただろうなと思った。着替えようと布団からでると、気配を察知したのか襖越しに声がかけられた。

「起きたのか」
「うん。どのくらい寝てた?」
「一晩だ。たいしたことはない。体調は?」
「問題ないよ。すっきりしてる」
「そうか」

 静かに襖を開いて国広さんが入ってくる。その手には赤と白の着物が抱えられていた。無言でそれを突き出してきて、広げてみると巫女装束だとわかった。私の着ている服も制服から着物に変わっていて、たぶん寝ている時に着替えさせてくれたのだろう。あれこれ迷惑をかけてしまったな、と反省する。

「これが着替え?」
「そうだ。大勢の前に出るのならばきちんとした格好のほうがいいと薬研が」
「若いのに気が利くね、薬研くんは」
「お前よりは年上だぞ」
「そうなんだよねえ。ところで国広さんは着物って着れる?」
「一応」
「着せてくれる?」
「……ああ」

 奇声をあげ、顔を真っ赤にして取り乱すかと思ったら、平然としたままで動き出した。薄い布一枚しか身にまとっていない私を見ても彼の表情はピクリとも動かない。結構初心だと思っていたのに、こんな時だけ大人の顔を見せるのか。帯の結ぶために抱きすくめられるような体勢になり、ドキドキしているのは私だけかと寂しく思う。こんなに近くにいるのに彼からは体温が感じられない。触れている部分がヒヤッとするのは、彼が刀だからか、それとも元の体質故か。怪我をしたら血が流れるから血は通っているはずなのに、あなたはどうして私とこんなに違うのか。

「できたぞ」
「ありがとう」
「起きたことを伝えて、朝食も持ってくる。広間に人も集めておく」
「ありがとう。有能だね」
「ずっと、側にいたからな……」

 確かに彼が一番多く近侍を務めてくれた。手間のかかる審神者でごめんね、と思いながら運ばれてきた朝食に手をつけるのだった。薬研くんの作るお味噌汁の味と違ってびっくりした。これを作ったのは誰だろう。



 じっと視線が私に注がれる。注目されることにあまり慣れてないから、居心地が悪い。好奇心、無関心、品定め――様々な感情はあったけれど、私を害そうとするものは感じられなかった。

「昨日は、挨拶もろくにせずまとめて呼び出すなんて失礼なことをしてごめんなさい。改めまして、私はあなた方の前の主の孫娘です。祖父が入院している間代理でこの本丸を預かっています」

 おじいちゃんから本丸を引き継ぐことが決定した日、政府とやらの研修を受けたことを思い出す。そこで何より「自分の本名を明かさないように」と強く言い含められた。いくら関係が良好だったとしても名前で縛られてしまったら主従が逆転してしまうよと。神隠しされてしまうよと――。だから私は彼らに名乗らなかった。

「昨日政府の方に伺った話だと、祖父はもう復帰が不可能とのことでした。怪我で、皆さんに霊力を供給することができなくなってしまったのです。皆さんとの繋がりを維持するために体力を使い、怪我の治りが遅くなっているとのことで、急遽私が皆さんに霊力を供給することにしました。どうかお許し下さい」

 おじいちゃんの復帰が不可能、と言われた時にざわついた。命の心配は、との声も上がり、彼らは本当にいい人なのだと深く思った。だからこそ、思うがままに生きて欲しい。

「政府の方で、私がここを引き継ぐかとの声がかかりました。私が嫌ならば他の人を探してもらうよう頼むこともできますし、見つからなければバラバラになって他の人の本丸に数人ずつお世話になる形になると思います。もちろん、戦いに疲れたのなら刀に戻すことも受け入れます。どうか皆さんで話し合ってください。私はその決定を政府にお伝えしますので」

 それでは、と言い置き退出した。広間はざわめく。喧騒から離れながら激しく脈を打つ心臓を必死に落ち着けようとした。怖かった。彼らが怖かったわけではない。勢ぞろいした彼らの気に呑まれ、私がどれほど重大な立場に居るのか今更ながらやっと気づいたからだ。そして彼らを扱う事のできる人がそう簡単に見つからないだろうことも、だから政府は私を中々手放さないだろうことも、理解できてしまったのだ。彼らがイエスといえば私は彼らを統べ、断ればバラバラにする。なんと因果な立場なのだろう。

「あんたにしては上出来だった」
「国広さん……」
「意外と子供なんだな、俺らの主は」
「あなたたちと比べたらそうですよ」

 賞賛の言葉をくれて柔らかく微笑む彼の前で、なんだか泣きたい気持ちになった。