珍しくぐずる国広さんに根負けして本丸に泊まった次の日、私は政府に呼び出された。タイミングがタイミングだったから、まさかお泊りはしてはいけないことだったのだろうかと気が気ではなかった。いつ帰って来れるかわからないから内番と遠征の指示はだしておいた。どんなお咎めを受けるのだろうとひやひやしながら、国広さんを従え指定された場所へと向かった。

「え、おじいちゃんが引退……?」
「そうです。検査の結果、霊力線というところに傷が入っていて霊力がかなり落ちていることがわかりました。本丸にいる刀剣たちを維持するために――今は刀の身ですが、彼らとの縁が切れないように維持することに落ちた霊力の代わりに体力や気力で補っているので治りが遅いのです。だから、もう審神者を続けるのは難しいとのことで」
「そうしたら、あの本丸はどうなるんですか?」
「引き継ぎか、代理の者が見つからなければ解散ですね」
「そんな……」

 解散という言葉の詳しいことは分からなかったけれど、政府の人の渋い顔を見て、嫌な選択なのだろうと感じた。刀の身に戻されてしまうか、それとも他の審神者の元へやられるか。おじいちゃんの元には多くの刀がいたから全員一緒というのは不可能だろう。精々一人や二人がいいところだろうか。見も知らぬ人のもとに、その人には他に多くの仲間が居るのに単身向かわせるなど、尽くしてくれた彼らに対して、それは余りにも身勝手だ。

「そこで孫である貴女に折り入って相談があるのですが」
「はい?」
「お祖父さんの本丸を貴女が引き継ぐというのは――」
「やめろ」

 圧の篭った声が遮る。耳馴染みのあるはずのそれは、私が一度も聞いたことのないものだった。出陣に出したときにしか見せたことのない鋭い視線で、この人が親の敵だと言わんばかりの憎しみを、政府の人にぶつけている。何が何だか分からなかった。素人の私でもわかるくらいの殺気をぶつけられている政府の人は生きた心地がしていないだろう。

「こいつを、巻き込むんじゃない」

 今にも刀を抜かんばかりに、国広さんは言う。この場を支配しているのは彼であった。政府の人はそれ以上何も言うわけでもない。なのに、彼の殺気は仕舞われない。おじいちゃんがもう審神者でなくなってしまった以上、彼を守ってくれる後ろ盾はないというのに上の人にこのような態度をとってもいいものだろうか。

「国広さん、やめて。私なら大丈夫だから。何もされてないよ」
「でも」
「強制されてないし、脅されもしてないよ。何もされてないよ。だから、ねえ、落ち着いて」

 彼の腕に触れ、刀を抜けないよう牽制しながら落ち着くように言葉をかける。迷うような、探るような視線が私に注がれたあと、ピリピリとした空気が収まったのを肌で感じ取った。ほっと息を吐いて、素早く適当な挨拶の言葉を投げかけて私たちは退出した。



「さっきの、あんまり良くないと思うよ」

 帰る道すがら、私はやんわりと国広さんを嗜めた。自分より年上の人にこんな事を言うのはちょっと気が引けたけど、今の彼の身にまとう空気は幼い子供のそれだと感じた。どうすればいいのかわからない、だから暴れる。きっと、彼も思う所があるのだろう。刀としては数百年単位存在していても、人の身になってはそう長くない。感情を持てあますのは仕方のないことだ。

「きっと私のこと心配してくれたんだよね」
「……お前のじいさんがなんで霊力線が切れたか知っているか」
「え? ううん、入院したとは聞いたけれど詳しいことは何も聞いてないの」
「敵に命を狙われたからだ」

 ――なんとなく、そんな気はしていた。
 昨日の国広さんの態度や、周りの刀たちの態度から感じ取れるものはあった。おじいちゃんの後を継ぐということは、年若くとも、あちら側からしたら私は敵の将だ。それが若く未熟なことはあちらにとっては好都合だろう。おじいちゃんみたいにいつ命を狙われるかも分からない。襲撃されて生き残れるかもわからない。臨時で預かってくれと言われた割に政府からまったく説明が行われなかったのは、私のためだったのだろう。深入りすると命に関わるから。結局、ある程度自分で知ってしまったけれど。

「やっぱりそうなんだあ……」
「知ってたのか?」
「なんとなく。近侍だって言っていつも誰かが私にくっついていたし、遅くまで本丸にいないように気を遣っていたでしょ? 少しでも暗くなると泊まれ泊まれって大騒ぎだったし」

 皆、優しい人だったんだなと思う。大事にされていたんだなと思う。彼らとは長い時間を過ごしたわけではないけれど、それでも見捨てるには不可能なほど一緒に過ごしてしまった。情が湧いてしまった。
 審神者はお給料はいいけれど、ハイリスクハイリターンな職業だ。ここで引き継ぐ選択肢を破棄してもきっと誰も責めない。彼らのことを孫のように思っているおじいちゃんですらも。でも、あの優しい人たちを損なうことを、私自身が許せそうになかった。口を噤んだ私を見て彼も察したのだろう。それから本丸に着くまで、何も言葉を発することはなかった。