「俺の名前は三日月宗近。まあ、天下五剣にして、一番美しいともいうな。十一世紀の末に生まれた。ようするにまあ、じじいさ。ははは」

 久し振りに見る季節はずれの桜が舞って、現れたのは青い狩衣の美しい青年。刀のことはあまり詳しくないけれど天下五剣の中で最も美しいと評され、そして最高レアリティを与えられている彼は神々しいとすら思えてしまう。他の刀剣たちを貶す意図はないのだけれど、他の人と彼は格が違うのだと思ってしまった。

「みかづき! ずっとまってたんですよ」
「お主は……?」
「いまのつるぎです、おなじさんじょうの」
「今剣か」

 駆け寄り、裾を掴んだ今剣くんの頭を撫でようとして三日月さんは動かなかった。少し腕が持ち上がっただけでそれ以上は何も動きがない。怪訝そうな顔で今剣くんが三日月さんを見る。ギギギ、と三日月さんが機械だったらそんな効果音が付きそうなくらいぎこちない動きで首を私の方へ向けてきた。

「主よ」
「なんでしょうか」
「人の体とはどう動かすものなのだ?」
「あー……」

 何かを悟ったような今剣くん。どういうことか分からなくて戸惑った私は問いかける。

「みかづきはからだをうごかすのがへたなぶるいなんですね」
「どういうこと?」
「にんげんのからだはみたことあってもうごかすのはべつのもんだいんなんです。たまにうごかせないひとがいます」
「ちっとも動かんなあ」
「そうですか……では三日月さん、みんなが帰ってくるまで私と一緒に練習しましょう。小夜くん、私の部屋を片付けておいてくれる? 今剣くんは同じ症状を経験したことある人を探してきてくれる?」
「分かった」
「わかりました!」

 駆けていく二人を見送って、私は三日月さんに向き直る。そう言えば自己紹介してなかったことを思い出して、遅い名乗りを上げた。

「初めまして、三日月宗近さん。私はここの本丸を預かっているものです。どうぞよろしくお願いします」
「うむ。して、主よ。少し聞きたいことがあるのだがいいか?」
「なんでしょう?」
「ここの本丸はお主の本丸か?」

 質問の意味はわかったが、質問の意図がわからなくて戸惑ってしまった。尋ねようにも彼のことをよく知っているだろう今剣くんはこの場から去っていた。真意を探るように三日月さんの目を見ると思いのほか真剣な目をしていたので、とりあえず正直に答えておこうと思った。

「ええと……元はおじいちゃんの本丸だったんですけど、正式に引き継いだので、私の本丸だと思います」
「そうか」
「何か気に障ることでも?」
「今剣から感じる霊力と主から感じる霊力が少し異なっていてな。少し気になっただけだ」

 ふ、と空気が和らいだように感じた。さっきの真剣な表情から転じて三日月さんは穏やかに笑っている。好みだとか好みじゃないとかは置いておいて、ここまで完成された顔の人に微笑まれるとドキドキすることを初めて知った。皆も整っているからイケメンにはもう慣れたと思っていたのに、さすがは美しさに特化した刀というべきか。

「では私の部屋に案内しますね。そこで詳しいことをお話します」

 と言ったけれど、腕すら動かすことのできなかった三日月さんが当然歩けるはずもなく、しばらく奇妙な珍道中をすることになってしまったのだった。



 遠征、出陣の皆が帰ってきて一息ついた頃、三日月さんに体の動かし方と本丸の仕組みをようやく教えることができた。なんとか広間まで自分で歩くことができたのだが、この調子だともっと体が馴染むまで出陣はやめて内番から慣らしたほうがいいのかもしれない。私と三日月さんが話をしている間に歌仙さんと小夜くん、前田くんが中心となって晩ご飯の用意をしてくれていたので三日月さんのお披露目をご飯の席ですることになった。上座(恐れ多いのだけれど私がそこに座ることになった)の左横に国広さん、もう反対側に三日月さんが座り、挨拶をし、食事が始まった。今日は新しい仲間のお迎えということでみんな容赦なくお酒を飲み始める。

「あれ、三日月さんご飯食べないんですか?」
「それがまだ、こういう細かい作業はできなくてな」
「なるほど……ではお食事の手伝いをしましょうか?」
「よいよい。顕現したばかりで人の体に馴染んでおらぬから食べたら逆に体調を崩しそうだ」
「ならいいんですけど」

 嫌がるものを無理強いすることはあるまい。国広さんがじっとこっちを見ていたので「私は食べるよ」と声をかけた。流石は歌仙さん。彩も盛り付けも完璧で美味しそうだ。煮物を一口口に入れる。そこで意識が途切れた。