「主君! どうなされたのですか!?」
「あるじさまっ!!」

 私のあげた悲鳴に反応して鍛刀部屋にお留守番している子達が駆け込んできた。さすがは身軽な短刀たちである。数秒もかからずにやってきた。既に抜刀して臨戦態勢の前田くんと今剣くんは、鍛錬所に表示された時間を見て固まっている私たちを見て何かを察したらしい。

「あるじさま、もしかして……」
「そうなのそうなの、四時間なの! 今剣くんの仲間が来るよ!」
「わ〜いっ!」

 ぴょんと跳ねて今剣くんが飛びついてくる。さすがは天狗の子。身軽なものだ。短刀たちと抱きしめ合って喜びを分かちあい、一息ついたところで小夜くんが問うた。

「手伝い札、使う?」
「ううん」
「良いのですか。主君は新しい仲間を楽しみにしていたのではありませんか?」
「それはそうなんだけど、手伝い札はおじいちゃんが残してくれたのがあるけどそんなに量が多いわけじゃないし、怪我して帰ってきた人がずっと痛いのは可哀想だからそっちに使ってあげたいな。待てない時間じゃないもの」
「そうですね! いわとおしもいしきりまるもでかけていますし、もどってきたころにちょうどかんせいするとおもいます」
「では、それまで主君は自室でお寛ぎください」
「え、そんな内番とか手伝うよ」
「主君のお手を煩わせることではありませんので」

 なんて前田くんに止められたけれど、遠征も出陣もしてもらって私だけのんびりするのは居心地が悪いのだ。書類など審神者の仕事も忙しいわけじゃないし、仲良くなるのも兼ねてお手伝いしたい。そう伝えると少しだけ困った顔をした前田くんだったが、今剣くんに後押しされて許してもらえた。鍛錬所からでて本丸の畑の方に歩いていくと、前髪を可愛らしく上げた歌仙さんが仏頂面で畑仕事をしていた。

「歌仙さん、お疲れ様です」
「やあ主。さっきはいったいどうしたんだい。凄まじい声がここまで聞こえたよ」
「あ、あはは……」
「かせん、きいてください! あるじさまはみかづきかこぎつねまるをよんでくださったんですよ!」
「それは凄いなあ。天下五剣なんてなかなかお目にかかれるものじゃない。高貴な方のもとに多くお使えしていたと聞くからさぞや和歌の知識も豊富だろう。会うのが楽しみだ」
「もう! まだみかづきときまったわけじゃないですよ!」


 今剣くんがぷんすか怒った。歌仙さんが謝罪をし、彼をなだめる。ほのぼのとした空気が居心地よくて、彼らの仲間内の信頼関係が少し寂しくて仲間に入れてもらいたくなったのかもしれない。自ら畑当番の手伝いを申し入れて歌仙さんとせっせと畑を耕した。今剣くんはこういう作業が嫌いらしくどこかへ去っていき、前田くんは用事があるからと消え、小夜くんは手伝ってくれた。小夜くんと歌仙さんは昔同じ主のもとにいたらしく、割と気安く会話ができているみたいだった。

「主君、お茶と菓子のご用意ができました。そろそろ休憩なさってください」
「前田くん、ありがとう」
「歌仙殿と小夜殿の分も用意してあります。お疲れでしょう、どうぞ」
「……ありがとう」
「やあ、気が利くね。しかもこれはいいものじゃないか」
「主君にお出しするものですから」
「君は徹底してるよね……」

 ため息。私は苦笑い。まったりと雑談モードになって私は歌仙さんに聞かれるまま現世のことを話した。彼が特に興味を持ったのは学校で、望めば誰でも勉強できるなんていい未来だねと言った。そんな素敵な未来のためなら、敵を葬ることも……畑仕事も頑張れると。その発言から私は歌仙さんがあの時文句を行った組にいたことを悟った。なんでこんなに畑仕事は人気ないんだろう。謎である。私は歌仙さんの元主も、いつごろ作られたのかも知らない。だから彼の言葉に含まれている思いも全く読み取れない。不甲斐ない主だ。もっと勉強しておけばよかった。

「そろそろ完成してるんじゃないかな」
「そうだね。見に行ってみようか。小夜くんついてきてくれる?」
「お邪魔でなかったら僕もいいかな」
「もちろんです、歌仙さん」

 前田くんはお茶を片付けるとのことで付いてこなかった。歌仙さんと小夜くんのふたりを従え、鍛錬所の扉を開ける。

「危ないっ!」

 歌仙さんに突き飛ばされ私は地面に思い切り打ち付けられた。何があったのと焦っていると白い着物を真っ赤に染めて倒れている彼の姿と、骨でできた異形の化け物の姿が目に入った。どうして? 思考が停止する。惚けたままの私を叱咤するように歌仙さんが叫ぶ。

「はやく逃げるんだ! 小夜、全力で守れよ!!」
「わかった!」

 小夜くんに手を引かれ私は逃げ出す。何がなんだかわからない。審神者の部屋にたどり着くと小夜くんはそのまま部屋から飛び出そうとする。

「小夜くん、待って!」
「だめだ、僕は今本体を持っていない。一緒にいてもあなたを守ることができない。少しだけ待っていて、すぐに戻るから」

 伸ばした手は空を切った。どうして歌仙さんは血だらけになったのだろう。どこからあの骨の異形はやってきたのだろう。ここは本丸ではなかったのか。結界が張ってあって安全ではなかったのか。

(あ……)

 おじいちゃんの怪我の理由。国広さんが政府に楯突いた理由。審神者は、命を狙われている。
 本気にしてはいなかった。平和なこの時代で命を狙われることの本当の怖さを知っている人はいるだろうか? 今更恐ろしくなって部屋の隅で蹲る。息を殺してどうか見つかりませんようにと祈る。気のせいか本丸のあちこちからドタバタ物音が聞こえ始めた。キィン、と刃の交わる音も。ここは戦場になってしまったのだ。ガタン、と部屋の前で物音がした。

「小夜くん……?」

 声に応じて扉が破られる。残念ながら姿を現したのは、小さな青色の彼ではなくて――骨と瘴気でできた異形の鬼。為すすべもなく腹を貫かれ、私は絶命したのだった。