初めてのタイムスリップは見慣れないものばかりでとても目に楽しい。浮かれていい場面じゃないのは分かっていたけど戦場を知らない私には物珍しさのほうが勝っていた。けれどもその思いを外に出すことはできない。何故なら同行者の空気がめちゃくちゃ重いからだ。その原因が私なのは言わなくてもわかっている。お叱りなら落っこちたそのときに罵声と拳骨と説教で既に受けた。そのあとすぐに帰還できないかやってみたが、審神者がこちらにいるせいで帰還できないらしい。幸いなことに石切丸さん、太郎さん、次郎さん、にっかりさんとご神刀やそっちに詳しそうな刀が残っていたのであちらから開けることも可能かも知れない。任務達成したらこちらから自力でこじ開けるのも可能なので、向こうから開けるのを待ちつつ任務も進めるという形になった。
 鏡でちらっと見ていた様子では出陣は仲間内で無駄話をしながら楽しくするものみたいなのに私のせいで空気がとんでもないことになってしまって悪いとは思っている。皆さんざん心配はしたけど、すぐに気持ちを取り直して、未だ引きずっているのは国広さんだけなのだ。国広さんは普段いい人だけど、たまに、こうやって怖くなってしまう。

「山姥切の旦那、気持ちはわかるがそうピリピリしなさんな」
「……薬研」
「大将がおっこったのはあれだ、不可抗力ってやつだ。だけどそれがなんだって言うんだ? 俺たちが守ってやれば問題ないだろう」
「そう、だな」

 あああああ薬研くんナイス! ナイスプレー! 彼の声の後にほっと空気が緩んだのがわかった。さすがは皆の心の兄貴である。

「ねね、主、主はこの時代初めてなんだよね?」

 そう声をかけてきたのは加州くんだった。彼は割と気さくな性格でまだあまり交流がないときから私によく声をかけてくれるし、刀としての性質が他の方よりも強く出ているらしく持ち主には好意的と聞いた。現に今も「重たい空気の払拭のため」というよりは「普段あんまり話せないから今日はいっぱい話したい」というような空気は感じた。好かれていると悪い気はしない。むしろ嬉しい。

「うん。私の生まれた時代はもっと後だから」
「ふーん、それじゃあ分からないことなんでも俺が教えてあげるからね!」
「ありがとう、加州くん」
「呼び捨てていいよ。敬称は照れくさいよ」
「う〜ん、私の時代では敬称つけて呼ぶのが基本だったから、ちょっとまだ照れくさいかも。頑張るから、慣れてきたら呼ばせてくれる?」
「うん。それだと嬉しいな」

 ……学校の、女の子の扱いに慣れているからモテてる男の子と話しているような気分だなあ。外見年齢は近いし。刀剣のみんなの年齢は外見年齢とまったく関係ないことは今剣くんで学んだ。そう言えば今剣くんは何歳なの、と聞いたら「ぼく? さあ、こまかくおぼえてませんけどだいたいせんさいですよ!」と言われたときは湯呑を倒した。彼らの実年齢と精神年齢と外見年齢はあまり関係がないらしい。短刀は基本無邪気で子供っぽいから精神年齢と関係あるとも考えられるんだけど、あまり、とわざわざつけたのは薬研くんの例があるからだ。あと時々ハッとすることを言ってくるから怖い。

「こうなると岩融や大太刀を置いてきたのは痛いな」
「俺たちじゃ攻撃範囲が狭いからな」
「でもあいつらいると練度的にここに入れなくなるじゃん」
「遠戦でぶちかまして仕留めれば余裕だと思うぜ」
「遠戦のときの主はどうする」
「俺たちが石投げている間に獅子王が体を張って守る」
「それだ」
「マジかよ」

 そろそろ敵と出くわすポイントに近付いてきたとのことで、私は獅子王さんの馬に一緒に乗っていた。体格から考えると薬研くんと一緒だと馬の負担がなくていいのだが、彼だといざという時に私を支えることができない。国広さんが俺が乗せると提案したものの、彼の装備は投石兵だ。白刃戦の前の遠戦で主戦力になる。だから遠距離の道具を装備できない、力のある獅子王さんが選ばれたのだ。初めての戦場で不安だったけれど、敵が人の形をしていないこと、それから皆の鮮やかな刀捌きでひやっとする瞬間がなかったことで私は油断していた。

「勝ったぜ。大将」

 本能寺の中に侵入して暴れまわる敵の刀をすべて討ち取った。薬研くんの言葉によりわたしは戦いの終わりを悟った。確か歴史上で信長は自ら火を放ち、本能寺は焼け落ちる。安全な場所に撤退、それから火の回りを確認してから帰還となる運びだ。脱出の際にずっと大の大人二人分の重さに耐えて疲弊した獅子王さんの馬の代わりにまだ余力のある他の人の馬に乗り換える予定だった。帰りは大抵の場合戦闘はないので無理に獅子王さんの馬に負担をかけることもない。馬上から下ろしてもらって、疲労の少ない馬を確認している時に事件は起こった。

「え」

 ぐん、と襟元を捕まれ身体が持ち上がる。浮遊感と首が絞まったことによる痛みで声が上げられない。声がだせなかったせいで周囲のみんなの反応が遅れた。呆然としていると腹の辺りを異形のものに抱え込まれ、私は連れ去られた。

「主!」
「畜生っ! 主を返せよ!!」
「あっちだ、火の手のある方」
「ダメだ馬が火に怯えて言うことを聞かない」

 遠くなる彼らの声、小さくなる姿。異形の兵士は宙を駆けていく。火の手が一番大きいところまでたどり着くと(きっとあそこがこの城の主の部屋なのだろう)、躊躇うことなくそこに私は投げられた。タンパク質の焼ける、嫌な臭いが鼻につく。本能寺とともに私は燃え上がったのだった。