これからは全部あなたたちにあげるから、ちょっとだけ現世にいる時間を頂戴とお願いした瞬間に空気が変わった。私はこの空気を知っている。この国広さんの表情を知っている。前に一度見たことがある。政府の人を睨みつけた時の、あの顔だ。

「審神者になるのがそんな甘い覚悟でできると思っているのか」
「いたっ」

 知らず国広さんから距離を取ろうとしたのを、腕を取られることで阻まれる。男の人だからか、それとも付喪神だからか、尋常ではない握力で腕を握られて折れてしまうのではないかと恐怖を覚えた。ミシミシと骨がきしんでいるようなそんな錯覚がする。痛みのあまりに悲鳴を上げても国広さんは手を緩めてはくれない。いっそう力がこもっていく。

「お前のじいさんが、どうして怪我をしたか知っているんだろう!」

 悲痛な叫びだった。もう二度と失いたくないと言っているような。トラウマになってしまったのだろうか。一命はとりとめたものの、審神者を解任されてしまってはもう二度とおじいちゃんは彼らに会うことができない。軽いやりとりに感じているかもしれないが、先の時代ならばともかく現代で審神者になれるものは殆んどいないのだ。ほぼ妖怪に近い神とは言え、神を降ろす霊力はもう人間から失われて久しい。科学技術が発達し、人間は人間だけで自然を操る事ができるようになり、信仰心は失われた。霊力がなくても生きることができるようになった人たちは霊力を失っていった。つまり、彼らは時代が進むにつれ彼ら姿を見ることができる人がいなくなっていったのだ。彼らの生きた時代、何代も前の彼らの持ち主の中には彼らと心を通わす事のできたものもいただろう。それは幸福であり、あるいは不幸だった。言葉を交わし、心を通わせた主人を何人も見送ったのだから。そうして心の傷が癒えぬままの彼らに私は再び同じ恐怖を与えようとしているのだ。

「……うん、ごめんね。私の考えが甘かった」
「分かったならいい。……それと、手」
「いいの。国広さんが私のこと心配してくれたのはちゃんと分かってるから」

 ようやく解放された私の手にはくっきりと手の形がついていた。行かないで逝かないで、と国広さんが必死に縋り付いた証だった。まだ出会ってそんなに経っていないのに私はこんなにも国広さんに心を許されてしまっている。ほかの刀剣たちもそうだ。おじいちゃんの孫だからということを抜いてもとても好意的なのだ。付喪神というものの性質が人に好意的なのだろう。それを利用して私たちは戦争をしているのだ……。




「えっと、この一週間は任務を軽減してもらうことができましたが、一週間後には刀剣の練度と人数にあった状態に戻ってしまいます。私なりに元の任務の量でも完遂できるような一週間の出陣の任務の組み合わせなどを考えてみました。とりあえずこれで回してみて、負担が大きいようでしたら改善しますのでご報告お願いします」

 朝食は、基本的にみんなで。そのときに必要な連絡事項を行う。私の本丸には全部で三十九振りの刀があった。いないのは平野さん、三日月さん、小狐丸さん、長曽根さん、浦島さん、明石さんと遭遇するのが難しいメンバーのようだ。あまり難易度の低い戦場ばかり出陣していてもよくないので、平野さんがでる時代と三日月さん、小狐丸さんがでる時代を半々くらいにしてみんなの兄弟を探しながら任務をこなしていくことになった。私の作った表をみんなが興味津々に眺める。時おり「うわっ」「やだなぁ」とかの悲鳴も聞こえるが「畑当番くらい我慢しろ」と周りに叱られた声が聞こえたので、そんなに無茶ではないのかな。

「主、僕たちで平野を探しに行ってもいいんですか?」
「うん。でもほかにも兄弟がいない人もいるから、満遍なく行こうね」
「ありがとうございます〜!!」

 近侍を勤めてくれている国広さんはおじいちゃんの初期刀で、本丸の最古参だからか皆の人間関係をよくわかっている。実はこの表を作るときに出陣のアドバイスをくれたのも彼なのだ。みんなを満遍なく出陣や遠征に組み込むのは大変だったけど、兄弟に会えると喜ぶ顔を見るのは嬉しいことだった。家族に会えないのは、つらい。もう二度と家族に会えなくなってしまった私には、その気持ちは痛いほどよく分かるのだ。

「どうした?」
「うん?」
「浮かない顔をしているぞ」

 ぼんやりと皆の様子を眺めていたら国広さんが近寄ってきて声をかけてくれた。なにか心配事でもあるのか、だって。ほぼ全員が揃っている広間の中で私のこと気にかけてくれたんだなって思うと嬉しくて自然と笑顔になる。

「ううん、ないよ。あのね、国広さんの姿を見ると元気になっちゃった」

 初心な国広さんは、真っ赤になってしまった。