「や……堀川国広だ」

 いやそれあなたの兄弟の名前なんですけど。教卓の前に立たされた国広さんは最初から軽いジャブをかましてきた。もっと詳しい自己紹介を期待していたらしいクラスの皆も先生も名前を言ったきり黙ってしまった国広さんを扱いかねているようだ。少し長い沈黙のあとに「もういいか」と彼が微妙な空気を断ち切る。先生も普通の転校生ではないのを分かっているから下手なことは言えないようだ。じっと見つめていると国広さんがこっちの方に歩いてきて、私の隣に座っている男の子に話しかけた。

「おいそこのお前」
「なんですか?」
「どけろ」
「えっ」

 隣の男の子がめちゃくちゃびっくりしていた。その驚きはわかるよ……私も国広さんが何をするかひやひやしてるもん。結局先生の「変わってあげなさい」という声のおかげで国広さんは私の隣に座ることができた。隣の男の子は後ろの方の席に移動になったから、許して欲しい。なんだかんだで最初をやり終えて、あの横暴な態度に恐れをなしたらしいみんなは国広さんに話しかけては来ない。私は久しぶりに会う友達のところにいっておしゃべりに花を咲かせていた。

「砂羽久しぶり! 連絡つかないし心配してたんだよ」
「ありがとう……ちょっとおじいちゃんのことでゴタゴタして忙しくて」
「あんたのおじいちゃん入院してるんだっけ? そんなにやばい感じ?」
「まあね。でも落ち着いたからもう大丈夫!」

 そう言えば、政府とのごたごたがあってここ何日か学校休んでたんだよね。数日も会っていないと会話の弾むこと弾むこと。女の子っておしゃべりするために生まれてきた生き物だから、いくら時間があっても足りないものだ。休んでいた間の面白い事件の話を休憩時間の度に聞いていた。事件が起きたのは四時間目である。国広さんは、当然転校するつもりもなかったから何も準備してきていない。机の上に何も出さず(カバンすら持っていないので当然なのだが)、頬杖をついてぼんやりしていたのを注意されてしまったのである。事情が事情だから他の先生はスルーしていたのだが、どうもこの先生には伝わっていなかったらしい。剣呑な雰囲気にひやひやしながら見守っていると国広さんが突然爆弾を投げてきた。

「砂羽」
「はい?」
「あいつは何を言っているんだ?」

 そ、そこで私に振る……!? 

「国広さん、ここは学校です。勉強を学ぶところです。前に立っている先生は私たちに勉強を教えてくれている立場なのでそれなりの態度ってものがあります」
「……何かまずかったか」
「とても。ちょっと黙っててね!」

 小声で国広さんをさとし、それから机をがしっと握って勢いよく彼の机にぶつけて大きな声で言った。

「先生すいません! 堀川くん帰国してきたばっかりで教科書持ってなかったみたいなので私が見せます!!」
「そ、そうか」

 あっさり引き下がってくれてよかった……! 形だけの教科書半分こをして、平穏に授業が進み出した。国広さんは教科書に書かれているものが気になったらしく、さっきからじっと見つめている。しばらくして興味が無くなってしまったのか、頬杖をついてうたた寝の姿勢に戻ってしまった。間近でみると国広さんは睫毛長いし鼻も高いし、すっごく綺麗なんだよね。なんて思っていると、チャイムが鳴って、授業が終わってしまった。

「国広さん起きて。授業終わったよ。お昼休みだよ」
「昼休み?」
「えっとね、ご飯を食べる長い休み」
「待っていればいいのか?」
「ううん自分で……あっ」

 そうだった。忘れてた。国広さんお弁当持ってないしお金も持ってない。持っていたとしても使い方が分かるか不安である。友達に声をかけてから、私たちは食堂に向かった。


「随分と変なところなんだな。学校は」
「そうかな」
「同じ場所に、同じ服を着た、同じ年頃の人間がいっぱいいる。変だ」
「国広さんの時代にはなかったもんね」
「あと、ここだと腹が減る」
「普段はお腹減らないの?」
「基本的には。出陣したり内番をしたら少しは減るが、神域の空気で何とかなっている。あと個人差もある。みんなで食べているのは、その、主の真似をしているのと個人差で誰が空腹なのか毎日聞くのが大変だからだ」

 喋り終わったあと、ご飯の咀嚼を始めた。彼は綺麗に箸を使う。私はあまり上手に使うことができない。じっと見ていると、ご飯の食べ方がおじいちゃんに似ていることに気づいてしまった。もしかして、ずっと、おじいちゃんを見てきたのかな。

「……授業というものは」
「うん?」
「座って話を聞くだけだ。寝ているものも何人かいた。そんなところに通っていてお前は楽しいのか?」
「楽しいよ。授業はちょっとめんどくさいなって思うときもあるけど友達もいるし、クラスのみんなで文化祭とか体育祭とかで盛り上がるの、楽しいよ」
「そうか」

 なら良かった、と呟いた彼は私のことを本当に案じてくれているのだなと思った。たとえおじいちゃんの孫だからという意味でも、私はそれで十分だ。暖かな気持ちで教室に戻る。友達のところにいって、国広さんのことどう誤魔化そうかなと考えている時にそれはやってきた。目だけをやたら光らせた骨でできた異形の生物が窓を割って入ってきて、私に襲いかかる。小夜くんが元の姿に戻るのも国広さんが抜刀するのも間に合わず、私は心臓をまっすぐ貫かれた。砂羽、と国広さんの悲痛な声が聞こえた気がした。