01 女の子を拾った。 と言うとなんだか俺が変態みたいに聞こえるが、全然そんなことはない。むしろ人助けをしたと誉めて欲しいくらいである。そしてその拾われた女の子は俺の家のリビングで俺の作ったカレーを興味津々に眺めていた。 どうしてこうなったかと言うと話は数時間前に遡る。図鑑完成のためホウエンにいる友人からポケシフターを通じてポケモンを送って貰ったばかりだった俺は、そのポケモンがどんなものか知りたくてその辺の草むらでバトルをしていた。人のポケモンでいきなりバトルは危ないんじゃないかと心配されるかもしれないが、友人はリーグ制覇者だから強さは申し分ないし、俺はバッチを8個持っているからどんな強いポケモンでもだいたい操れる。 「フライゴン、チルタリス、お疲れ」 バトルをして疲れたあろうポケモンを労って、回復のためにブラックシティへ向かった。借りたのはホウエンのドラゴン三体だから空を飛べないこともないのだが、さすがに慣れてないポケモンで空を飛ぶのは怖い。 「は、離してください!」 自転車をかっ飛ばして街へ入ると、ポケセンの付近で何やら揉め事のようだ。正直、ブラックシティはイッシュの中で一番治安が悪い。だから普段はこういうのを無視するのだが、ゴロツキふたりに絡まれているのが女の子とくれば話は別だ。面倒くさいが助けないといけない。 「泊まる場所がねぇんだろ? 俺んちに泊めてやるって言ってるんだから来いよ」 「そうそう。優しくするぜ?」 「嫌です! 知らない方に着いていっては」 「邪魔だから退け」 女の子の腕を掴んでいた方を思いっきり蹴飛ばした。直ぐ様「テメェ!」と罵声が飛んでくるが、旅の最中に修羅場慣れした俺にとってはちっとも怖くない。 「オニーサンたち、この子に悪戯するつもりでしょ?」 「はあ? 俺たちは親切心でなあ、」 「そんなの見過ごせないなあ」 だってボク、イッシュの英雄だし? 独り言に近い小さな声で自嘲気味に呟いてからチラリとボールを確認する。姉のトウコに小さい頃から鍛えられていたのでリアルファイトでも負ける気はしないが、面倒くさい。ポケモンの方が速い。体力が満タンなのは相棒のジャローダと、友人から借りた残りの一匹だけ。ジャローダの方がバトル慣れしているが、見た目的に威嚇になるのはあちらだろう。 「出てこいボーマンダ」 「ひっ、ボーマンダだと!?」 「こいつヤベェよ、逃げようぜ!!」 不様に逃げるふたりを鼻で笑ってから女の子に向き直る。質の良さそうなワンピースに旅には向かない華奢で可憐なキャリー。相棒はチラーミィ。ふむ。大方、婚約者が嫌だとか何らかの事情でサザナミタウンから逃げてきたお嬢様ってところか。 「あの……先ほどは助けて頂いてありがとうございました」 丁寧に女の子がお礼を述べ、名乗った。見事な45°のお辞儀だった。そして俺の予想に違わず、なまえは良いとこのお嬢様であった。 「なまえ……だっけ」 「はい」 「名字を名乗るなと言われてなかった?」 「あっ」 名字を名乗れる人物は少ない。何か偉大な功績を残した人物(ポケモン研究の権威オーキド博士や、ボックスの開発者のソネザキマサキ氏)か大金持ち(デボンのツワブキ財閥等)か、歴史のある名家(ハルモニア家とか)だけである。そういうとこは大体金持ちが多いので名字は隠すよう言われるものだ。 「そうでした……」 「なんか事情があって家出したんだろうけど、さっさと戻った方が良いよ。なまえに旅は危ない」 お嬢様育ちで一般常識もないみたしだし、機転もきかない。今回は偶然俺がいたけどまた何かに巻き込まれるだろう。その時誰かが助けてくれるとは限らない。 「嫌です!」 「なんで」 「だって私……このままだと結婚させられてしまうんです」 まさか俺の予想通りだったとは。落ち込んだなまえを可哀想だとは思うけれどこれ以上何かしてやる義理もない。サザナミまで送る、と言えば酷いですと言い返された。何が酷いもんか。 「お前に旅はむかない」 「何でですか!私だってできます」 「それでか?」 首を傾げたなまえに言い募る。 「旅の基本は軽装だ。だいたいそんな重くて使いにくそうなキャリーは普通の人は使わないし、お前の立ち振舞いから良いとこのお嬢様だとバレてまた今回みたいな目に遭う」 「そんなこと……!」 「ある。現に今回も襲われただろう。力じゃ勝てないなら、ポケモンで相手を撃退しないといけない。お前にはそれが出来る?」 グッと、唇を噛み締めてなまえが黙る。そうだろう、できないだろう。確かになまえはポケモンを連れている。だけど外見的にチラーミィじゃ威嚇にならないし、弱かったらなおさら役に立たない。バトルに勝ったら、と約束してしまえばそうそう破ることは出来ないのだ。 「外の世界は怖いんだ。さっきだってそうだ。俺が気まぐれで助けなかったらお前はあいつらに犯されてたぞ」 「なっ」 「間違いないだろ?お前は婚約が嫌で逃げ出してきたのに、好きでもない見も知らない男に初めてを奪われておしまい。しかも一度で済むとは限らないんだぜ。味を占めたあいつらがお前を手放さないかもしれない」 「……っ」 「そうしたらお前は娼婦だ」 だから諦めて帰りなよ。婚約と云うことは相手の金持ちだろう。ずっと金持ちで幸せじゃん。くるりとなまえに背を向ける。 「……ひとつだけお願いを聞いてください」 「はあ?」 「お礼はします。それが終わったらすぐに帰ります。だから、お願いします」 ここで涙に潤んだなまえの瞳にほだされて、イエスと首を縦に振ったことを後悔するなんて、今の俺はまだ知らない。 02 「美味しいですねこの食べ物」 「カレーだけどな」 「えっ、これカレーなんですか!?」 ナム以外で食べるカレーなんてあるんですねと宣ったなまえを見て、ああやっぱりこいつ次元の違う金持ちだと再認識した。ほわほわ奇声をあげながら感心しているなまえを助けたのが、俺でよかったと思う。他の奴には騙されて終わりだぞ。 「そこでギャーギャー言ってないで何がしたいのか言えよ。お前になんかあったとき責任なんか取れないぞ」 「失礼な! 自分のことですから自分で責任をとれます」 「本当か? って言うかなまえ、書き置きくらい残してきたんだろうな。誘拐犯とかに思われたらたまら」 『臨時ニュースです。現在サザナミタウンに避暑に来ていたみょうじ財閥会長の一人娘、なまえさまが行方不明になりました。書き置きなど一切ないことから警察の方では誘拐と考えて捜査を行っております』 つけていたテレビからなまえの写真がドアップで映された。2人の間に妙な沈黙が漂って、なまえがサッと目を逸らした。 「…………」 「…………」 「おい」 「……ごめんなさい」 ふざけんなよこれじゃあマジ俺が誘拐したみたいじゃん。イッシュのチャンピオンが誘拐犯?……面白くもなんともねーよ笑えねーよ。この年で犯罪者とか冗談じゃない。 「やっぱそれ食ったらサザナミタウンに突っ返すわ」 「や、約束したのに酷いです!」 「酷くねーよこちらとら犯罪者になるかならないかの瀬戸際なんだよ!」 「ただいまー何、トウヤ犯罪者になったの?」 「げっ、トウコ」 ケラケラと笑いながら姉のトウコが乱入してくる。ドアを蹴飛ばすと云う女の子らしからぬ乱暴な動作になまえが目を白黒させていた。 「男の子なんだから女の子のお願いくらい聞いてあげなさいよ」 「えー」 「ねっ!」 ガシッと頭を鷲掴みして指圧してくるトウコの握力は女子のそれではなかった。そんなんだから彼氏できないんだよ胸も男みたいだしな。 「トウヤァ?」 「何でもない」 双子のテレパシーというやつだろうか。いらない仕事をするテレパシーだ。トウコは俺にトドメを刺したあとなまえへ笑顔を向けた。 「なまえちゃんだっけ? なまえちゃんのお願いってなあに?」 「あ、あの……実は」 「うん」 「ムンナ、捕まえたいんです」 「ムンナ?」 「はい、ムンナです」 なぜムンナ、と戸惑う俺たちになまえがポツポツ話始めた。 「私、他の子みたいに旅をすることができなくて、自分でポケモンゲットしたことがないんです。図鑑で見たムンナが可愛かったから一度は自分でゲットしてみたいな、って……」 確かになまえはみょうじ財閥の会長の一人娘だから旅にでるなんてことは出来ないだろう。悪いやつらにいつ誘拐されるか分かりやしない。まあ、なまえに限らずだいたいの金持ちは旅をしないものだ。レベルの高い雇った家庭教師に鍛えて貰うくらいだ。それが当たり前になっている。 「ムンナねえ。確かサンヨウのゆめの跡地にいたわね。トウヤ、連れてってあげなさいよ」 「やだよ面倒くさい」 「その口癖チェレンみたい。いいじゃない、人助けだと思ってさ。カノコからサンヨウ近いし」 「こいつと一緒にいると誘拐犯になる」 「あら、なら変装すればいいじゃない」 トウコは昔から言い出したら聞かない。パッと階段を駆け上ったかと思うと、次の瞬間には両手いっぱいに服を抱えて戻ってきた。 「なまえちゃん、これあげる」 「え、良いんですか……?」 「うん、着れなくなった服だしね。ショーパンとかボーイッシュな服が多いからカモフラージュになるんじゃないかな。あ、あと帽子も被って髪型変えよう!」 「おお! 素晴らしい、さすがです!」 トウコの方が背が高いから昔の服だけれどなまえにも着れたみたいだ。服装が変わるだけでこんなにイメージが変わるのだから、髪型を変えて帽子で顔を隠したらなかなか気付かれないだろう。つくづく悪知恵の回るやつだと、我が姉ながら感心した。 「よーし完成! いってらっしゃい!」 着替えの終了したなまえと俺を家から叩き出すトウコ。 「ったく乱暴だなトウコは」 「でも愉快な方ですね。お話しできて楽しかったです」 「さすがお嬢様ポジティブ思考」 「お嬢様関係ないじゃないですか!」 「あ、そうだ。サンヨウまでちょっと距離があるから、そらをとぶで行くけどいいか?」 「は、はい! 大丈夫です」 モンスターボールからケンホロウを出して2人乗る旨を告げる。威勢よく返事をしたもののなまえはそらをとぶをするのは初めてみたいで、ギュッとくっついてきた。ちょっと恋人みたいだなあと思ったのはここだけの話。 03 初めてのそらをとぶで酔ってしまったなまえのために休憩を取ることにした。最初は「申し訳ないです……」と殊勝にしていたなまえだが、休むところがサンヨウジムのレストランだと分かると途端に元気になっていた。 「一回行ってみたかったんですよー!」 「そんなに有名なの、ここ」 「はいっ。まず三つ子のジムリーダーさんがされているレストランですし、味も美味しいと評判です。特に紅茶とデザートが有名で、ああ、今から楽しみです!」 るんるん気分のなまえに引き摺られてレストランに入る。そう言えばここ、ジムも兼ねているんだっけ。ならあの人たちに会えるかな。 「いらっしゃいませ。……おや、トウヤさんではありませんか」 「え、トウヤさん?」 「おっ、トウヤ久しぶり!」 案の定三つ子のジムリーダーたちがひょっこり顔をだした。サンヨウジムは最初のジムなのでお世話になったのだ。顔馴染みだからと割りといい席に案内してもらった。俺は親しげな店員にあわあわ慌てるなまえを見たり、コーンさんが俺の時より取り繕った動作でなまえをエスコートしているのに笑いを噛み殺すのに必死である。 「ええと、ええと、紅茶だけでこんなに種類があるのですか……!」 俺には理解できない意味不明な言語が並ぶメニューも、なまえには馴染みのあるものらしい。定番のミルクティしかわからないから注文は一瞬で決まった。トウコと違い下手な冒険はしない主義だ。デザートは名前の真似をしようとしたら恐ろしいほど頼みだしたので適当なものを頼むことにした。よくもまあ甘いものばかり食べれるものだ。 「楽しみです、ね!」 「お前の胃袋がどうなってるのか知りたいよ……」 そわそわしながら注文を届くのを待っているが、この間にと口を挟む。 「なまえってポケモンバトルしたことあるのか?」 「たしなむ程度ですがあります」 「じゃあゲットだけしたことないんだな。手持ちはチラーミィだけ?」 「はい」 「チラーミィか……状態変化技は厳しい、な」 「あ、うたう覚えてますよ」 でもうたうを覚えてると云うことは、普通の攻撃をしたらレベル的にムンナがひんしになる。うたうで眠らせてモンスターボール投げまくるか。 「トウヤさん、なに難しい顔しているのですか? 当店自慢のデザートで笑顔になってくださいね」 「お、お待ちしてました!」 デントさんが運んできた色とりどりのデザートは、なるほど素人目から見ても美味しそうだ。 「美味しいです……!」 上品な仕草で大量のスイーツを食べ尽くしたなまえは満足そうだ。目の前のものに胸焼けをおこしそうになりつつなんとか俺も完食した。 「じゃあ行くぞ」 「あ、お会計は私が」 「アホか。女に払わせるほど金に不自由してねえよ」 「でも、トウヤさんほとんど食べられてないですし」 「……なまえ、払うっつってもどうせカードだろ。身元バレるからだめ」 「あっ」 こんな危機意識が低くて大丈夫なんだろうか。小さな声ですいませんと謝るなまえをスルーして会計を済ませる。 「トウヤ、可愛い彼女見つけたな」 「違いますよ、ポッドさん」 「照れなくてもいいんだぜ? おめでとうトウヤ!」 ポッドさんがにやにやしながらこっちを見ていると思ったらそう言うことか。ほら、余計なことを言うからなまえが真っ赤になったじゃないか。 04 新品のモンスターボールを10個とプレミアムボールを1つ、目の前に差し出されました。 「あの、これは……?」 「どうせ捕獲用のボールなんか持ってないんだろ」 「ぁ、何から何まですいません……」 別に、とぶっきらぼうに答えたトウヤさんには大変お世話になっております。傍目にはとても近寄りがたい方ですが、本当は彼がお優しいことを私は知っております。初対面で悪い人から助けてくださいましたし、他人の私のわがままを聞いてくださいます。悪い人を撃退している姿は映画のヒーローみたいでとても素敵でした! 「ゆめの跡地のポケモンはレベルがうんと低いんだ。だから名前のチラーミィで攻撃したら一撃でひんしになると思う」 「はい」 「状態変化にかかったポケモンが捕まえやすくなることは知ってるか?」 「はい、家庭教師の先生に習いました。だからチラーミィにうたうをさせるのですね」 「ああ。他の野生ポケモンは避けつつムンナがでてきたらうたうで眠らせろ」 ああ、初めてのポケモンバトル! わくわくしちゃいますね。でも野生ポケモンとあまり遭遇したことがないのでちょっぴり不安です。ドキドキとワクワクで忙しい鼓動を宥めていると、トウヤさんのザングースがいあいぎりで木を切り裂き、建物の瓦礫のしたに広がる草むらが見えました。 「危なくなったら俺が助けてやるから」 「ありがとうございます。頑張ります」 ああ、やっぱり優しい方ですね。きっと私が初めてのバトルで怯えているのを察して気持ちを和らげてくれたのでしょう。自分で選べる筈はないですが、私の婚約者も、こんな風に優しい方がいいです。恐る恐る草むらを進む私の後ろをトウヤさんは矢張り不機嫌そうな顔でついてきました。……そう言えば、ご自分で何回か仰ってましたし、トウヤさんはチャンピオンなんですよね。チャンピオンがなぜ── 「なまえ、危ないっ!」 「きゃあっ」 突然現れたチョロネコがこちらに爪を向けたのを、トウヤさんのザングースが叩き落とします。チョロネコは驚いて逃げ出したようです。 「なにボーッとしてんだよ。危ないだろ!!」 「すみません、ごめんなさい……!」 安堵のため息をついた瞬間、怒声が辺りに響き渡りました。 「可愛いけどな、ポケモンは人間よりずっとずっと強いんだぞ! 命に関わることだってある。レベルが低いからって油断すんな!」 鬼のような形相でトウヤさんが睨んで来ます。本気で本気で怒っております。それが私のためだと知りながらも、他人に本気で叱られたことがない私は泣き出してしまいました。人前で泣くなんてはしたない。それより、怖いから、なんて失礼な理由で泣いてしまう自分が恥ずかしい。 「……言い過ぎたとは思うけど、間違ったことは言ってないからな」 「はい。わかって、ます」 きちんと存じ上げてます。いつまでも甘ったれな私が悪いのです。まだぐずぐず泣いている私と、困ったように眺めているトウヤさんの間にピンク色の物体が現れました。 05 まさかのバトルなしでムンナをゲットしたなまえに驚きが隠せなかった。ポケモンが自らボールに入ることもあるんだ。それって旅先で出逢ったあいつが望んだ、人とポケモンの理想の関係じゃないのだろうか。レシラムやゼクロムに選ばれた英雄だなんて大袈裟な名称がなくても、人とポケモンは上手くやっていけるのだ。 「ねえ、トウヤさん」 「どうしたんだ」 「私、もう家に帰ろうと思います」 「そっか」 なまえと二人乗りをしてカノコへ帰っている最中だった。そらをとぶに不慣れななまえは恐怖のあまりか俺にしがみついていたから表情は見えなかったけれど、声色からしてなまえの中で気持ちの整理がついたようだった。 「約束だったしな」 「はい。それと私、気付いたんです」 「何を?」 「トウヤさんの言う通り、ひとりでは何もできないなって」 自慢になってしまいますが、いいとこのお嬢様ですから。自分のことですらろくにできやしないのです……。今までこれほど親に何でもかんでもして貰っていて、我が儘言うのはおかしいなって。 「そっか」 想像していたよりもなまえははるかに頭が良かったらしい。ムンナを手にいれて気が済んだのもあるのだろう。冷静になったらしい。 「でも、やっぱり、考えるんです」 「ん?」 「家のためと云うのはわかってます。でも、知らない人と婚約なんて……おかしくないですか」 「さあ。俺はなんとも言えないな」 だって価値観なんて育った環境で変わるものだし。なまえのそれは大きなお金とか関わるし。知らない人と結婚は可哀想だと思うし、自分だったら絶対に嫌だけどそれは俺の考えだ。 「自分の人生を大きく左右するものなんですよ。結婚は一生がかかっているんですよ。なのに、それを、ですねえ」 「…………」 「一度くらい、恋、してみたかったです」 ギュッと回された腕に力が篭った。背中が急に暖かくなったから、きっとなまえは泣いているのだろう。馬鹿だなぁ可哀想だなぁ。こんな簡単なことの答えもわからないなんて。お嬢様なんかに生まれてしまって。 「どちらかと言えば、俺はなまえの意見に賛成だ」 「え」 「俺にとっては自分で結婚相手を見付けることが正しいことだけど、お前の親からしたらいい身分の人間と結婚することが正しいことだ。価値観の違いだからどうしようもない」 ポケモンをボールに閉じ込めるのは間違いだとあいつは言った。俺は間違いではないと思った。ヒトとポケモンの異なる種が共存するには、文明がやたら発達してしまった現代を共に生きていくには今のところボールに入れるしかないからだ。 「そう、ですね……」 「でもその気持ちを伝えたか? 言ってもねぇのに諦めてんじゃねぇぞ」 萌木色の髪をした青年を思い描きながら、言う。 「自分の言葉を貫けば相手の心を動かすことだってできるんだからさ」 06 「いろいろありがとうございました」 今日も今日とてパートナーにそらをとぶの長旅を頼み、なまえをサザナミタウンへ送っていった。トウコから与えられた衣装ではなく、初めて出逢ったときに着ていたワンピースを身に纏うなまえはやはり良いところのお嬢様だった。昨日みたいに服に着られている感じはないし、今の方がしっくりくる。育ちは隠せないものだ。 「別に。大したことはしてない」 「そんなことありません。トウヤさんがいなかったら、私……」 そこでなまえは言葉を切り、俯いた。出会い頭のあのチンピラどもを思い出しているのだろう。確かに女の子のトラウマになりそうだ。 「そうだ、トウヤさん。私の家に上がっていってください」 「は? いいよ、すぐ帰る」 「いいえ。長い間飛んでケンホロウさんもお疲れでしょうし、お世話になりっぱなしでは私の気が済まないのです!」 断りを入れたのにも関わらず、なまえは俺の腕を引いて別荘の方へ歩いていく。気にしてないんだけどと思いつつ、お金持ちの家を覗いてみたかったのも確かだ。どれもこれもきらびやかで派手な別荘が立ち並ぶ中、一際大きくて豪華な別荘の前で歩みが止まった。 「ただいま帰りました」 「なまえさま!」 たくさんのメイドや執事がいて、その中で服の形式が違う執事が声をかけてきた。たぶん執事長とか偉い身分なのだろう。こんなにも使用人がいるのは想定外だった。 「どちらへ行かれていたんですか! 旦那さまも奥さまもご心配されて……」 「お説教なら後で聞きます。それよりお客様を」 「いや、なまえ俺は」 「私が悪い方に脅されているときに助けていただきました。イッシュチャンピオンのトウヤさんです」 「これは失礼致しました、トウヤさま!」 あれよあれよという間に応接間まで引っ張りこまれ、皮張りのやたら豪奢なソファに座らされ。いくばくも待たずに美味しそうなデザートや紅茶が並んだ。 (金持ちってひとの話を聞かないのか) いやまあ、美味しいからいいのだけれども。テーブルマナーを知らないからボロがでるのが怖くて仕方がない。なまえが召し変えとかでどこかへ去った今、偉いらしい執事と応接間で2人きりという拷問を受けていた。いつまでも自分より年の上の人に謝られ続けるのは申し訳なかったのでやめるように頼む。 「なまえさまを助けて頂き、本当にありがとうございました。なまえさまは世間知らずで何かあったらとずっとご心配申し上げていたのです。トウヤさまみたいな良識のあるお方に」 「あ、いえ、本当に大したことはしていないので」 真面目に何もしてない。なまえを二日預かっただけで、諭すこともしなかった。ただなまえの言うことに流されてふらふら付き合っていたら、あいつが勝手に蹴りをつけただけだ。 「トウヤさん、お母様とお父様がお礼を言いたいんですって」 「いやもう本当に俺なにもしてないです」 やっとなまえが戻ってきて解放されるかと思いきやストレスが増えただけだった。胃が痛い。美味しいはずのお菓子もなんだかパサパサに感じてきた。見るからに風格のある男性と美しい女性を見て、絵に描いたようなお金持ちだなと思った。2人からいろいろ感謝を述べられたあと何故か皆で優雅なティーパーティが始まっていた。 「いや、本当によかったよ。嫁入り前の娘に何かあったらと心配で……これから婚約者も決めなくちゃいけないし」 「お父様。そのことについて私からお話があります」 やめてくれなまえ。これ以上話を引っ張って俺のストレスを溜めないでくれここはちょっと俺にはあわないんだはやく帰りたいんだ。 「私、好きな方ができました。婚約者はトウヤさんがいいです」 「は?」 ちょっと待て。本気で待て。いきなり何を言っている? 「トウヤさんはチャンピオンですから問題はないはずです」 「ちょっ、なまえ……!」 「突然すいません、でも、先ほどトウヤさんが仰られたことを考えていたらこれが一番いいと思ったのです」 「なまえ、いきなりどうしたんだい?」 「不貞の輩から助けてくれたときから好意を持っておりました。世間知らずの私に呆れることもなくいろいろ教えてくださり相談にものって下さって、このまま別れてしまうのは嫌だと思ったのです。 トウヤさん、貴方をお慕いしております」 まさか自分で自分の首を絞めることになるとは思わなかった。この場所で、チャンピオンという肩書きのある俺になまえが入れ込んでいると知れば俺との婚約を両親も考えるだろう。しかし俺はなまえをそんな風に思ったことはない。 「嵌めたな」 「人聞きの悪い。やり方は汚かったと思いますが、本当にトウヤさんのことをお慕いしているのです。チャンスを掴むために手段は選びませんわ」 「……いい性格してるな、なまえ」 「なんとでも」 この二日で初めて見る表情でなまえが笑った。彼女の後ろで目を白黒させている両親たちを不憫に思う。まあいいさ。不敵な笑みでこちらを見る彼女に向かって言い返す。 本気で好きなら俺を惚れさせて見ろよ、お嬢様。 「望むところですわ」 |