サシェを作りたいの、作り方を教えてくれない?と頼んできたなまえ先輩に、ぼくはいいですよと答えました。突然の申し出でした。

「ありがとう! あのね、今回のドリフェスにでるユニットの一人がね、疲れてるのに気が高ぶって夜眠れないしいつも気を張っててつらいって言っててね」

 ありがとう、の言葉のときにとっても嬉しそうな笑顔をしてくれたから、ぼくも嬉しくなりました。なまえ先輩は最近この学園に来た転校生のうちの一人です。最初のS1のとき、ぼくたちのグループの舞台を最後まで見てくれて、それがきっかけでぼくたちのユニットの専属プロデューサーになったんですけど、学園全体でプロデューサーは不足しているから、どのユニットのドリフェスのときもてんてこ舞いなのです。もうひとりの先輩が主にあたっているユニットが今回のイベントの主役なんですけど。ユニットのリーダーかプロデューサーしか提出できない書類もあるので、それを書いたり。先生やほかのユニットの人と調整をしたり。もうひとりの転校生の先輩もぼくたちのドリフェスのときに、お手伝いしてくれたし、お礼になればいいなって思います……♪ あ、今回はぼくたち、お休みなので、あんまり忙しくないんですよ。

「わあ、それは大変です……それなら、リラックス効果のあるラベンダーのサシェはどうでしょう……?」
「それいいね!」
「じゃあ、作り方を説明しますね……♪」

 忙しいであろうなまえ先輩のために、手短に説明しました。誰かの役に立つことは、好きです。ぼくのやったことで誰かが笑顔になるのは好きです。その相手が、好きな人なら、なおさらです。

「ううん、じゃあ袋が必要なんだね」
「はい。でも、ラベンダーやハーブはここの庭園のものを使えるのでいつでもできます」
「じゃあ、私が袋を作るの完成したらまたしののんに声かけてもいい?」
「はい〜。いつでも大丈夫ですよ……♪」

 ちく、ちく……思いを込めてなまえ先輩はその包みを縫うのだろうなと思いました。ぼくらの思いを拾って受け止めて、それから綺麗な涙を贈ってくれた優しい先輩が作るサシェは、きっと世界で一番素敵なものでしょう。惜しむらくは、それをもらえる相手がぼくじゃないことですけれど。
 たった三人しか観客のいなかったライヴ。それでもぼくらはお客さんのために全力を尽くしました。その全力を、今までの努力を、受け取って。温かい拍手と涙をくれて。控え室でみんなで落ち込んでいるときに、なまえ先輩はぼくらのもとへ駆け込んで叫びました。

『私が、あなたたちを認めさせるから!』

 一瞬の感情に突き動かされた言葉だったのでしょう。刹那的な――だからこそ烈火のように燃え上がったその感情。すべてが終わってバラバラに砕け散ったぼくらの残りかすを、なくならないように丁寧に丁寧に拾い集めてくれたのはなまえ先輩です。そのあとに「しののんの歌声は天使の歌声だからそれに映える曲は〜」とか「みんなの可愛さがもっともっと伝わる振り付けは〜」とか一生懸命に考えてくれたのもなまえ先輩です。
真綿のように柔らかくて、強い、優しさとあついケアが、何度僕たちの心を救ってくれたかわかりません。もうひとりの先輩はあの衝撃を受けて明星先輩たちと学園の革命に臨みました。それも嬉しかったです。でも一番は、最も近くにいて支えてくれたなまえ先輩でした。

「こんなはずじゃなかったんですけど……」

 学院はプロデューサーを用意しました。その方針は間違ってなかったと思います。でも、プロデューサーを年の近い女の人にしたのは失敗でした。だって、こんなに近くにいて。自分を犠牲にして誰より熱心に支えてくれる女の人がいたら、好きになってしまうじゃないですか。



「しののん、しののん、じゃーんっ! 完成しましたっ」
「わあ、素敵です……♪ 男の人でも使えるいいデザインですね」
「うん、ラベンダーはリラックス効果もあるみたいだから、カバンとかに入れて日中ふわっと香ったほうがもっといいかなって」
「いいですね〜」

 乾燥させたハーブにアロマオイルを垂らすだけなので難しくないんですけど、量を間違えたらいやだからとお付き合いをお願いされました。手作りではないけれどなまえ先輩のために選んだ袋に入り切るくらいのラベンダーを準備します。どのくらいが一番いいか、とふたりで吟味しながら作るのはとっても楽しかったです。

「しののん、今日は付き合ってくれてありがと〜! はいこれ、お礼にならないかもしれないけど」
「もらっていいんですか……?」
「うん、クッキーだよ!」
「あ、じゃあぼくもこれ、あげます……♪」

 そういって差し出したのは、今日作ったサシェでした。先輩の雰囲気に合うように選んだもの。あなたの心がぼくになくとも、せめて傍に置いて欲しいと祈りを込めたもの。

「いいの?」
「はい。なまえ先輩も準備で忙しいでしょうし、これでしっかり癒されてくださいね」

 以前、なまえ先輩はぼくのことを、歌声も外見も含め天使のようだと言ってくれました。天使は人を困らせるようなことはしません。救うだけです。だからぼくはこの気持ちに対する答えが欲しくっても、沈黙することを選ぶのでした。


/企画「アメリア」さまに提出