企画「だ〜れだ?」さんに提出させて頂いた作品です。企画の性質を考えて文末にお相手を記載させていただいています。よろしければ文章あてをしてから読んでみたくださいませ!










 ハロウィーンを知っている? 小難しい理屈は言わなくていいわ、簡単なことでいいの。
知らないなら教えてあげる。カボチャの中身をくりぬいて、ジャック・オー・ランタンを作って飾って、子どもたちが魔女やお化けに仮装して、近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする日なの。そんな素敵な日なのよ。
 わたしは甘いものが欲しいの。大人と子供の境目、そんな曖昧な時期に、あの世とこの世の境目が曖昧になるときに、欲深なことを思ってしまったのがいけなかったのかな。神はきっといつだってわたしたち人間を見ているのね。だからきっとわたしは魅入られてしまった。
甘いものが欲しくて、「トリック・オア・トリート」の呪文をつぶやきながら街を歩いていく。優しい街の人々は、わたしを見て、「可愛い魔女さんね」って笑って、籠の中にお菓子を入れてくれた。わたしは甘いものが欲しいの。だって、甘いものって、素敵でしょう? 食べていると幸せでしょう? 幸せって愛されているときに感じるものでしょう? だからわたし、甘いものって好き。

「あっ、お前、遅いぞ!」
「えっ?」
「新米魔女の癖に遅刻だなんて、Nさまに叱られるぞ」
「ええ?」
「いいから早く、来い!」

 狼男の仮装をした男の子に引っ張られて、わたしは狭い路地裏に迷い込んだ。誰かと勘違いしているのは分かるんだけど、突然のことで頭が回ってないし、「急げ急げ」とつぶやく彼にはわたしの声なんて届かなそう。諦めのため息を吐いて、物凄い速さで引っ張られて、開けた空間に放り出されてしまった。思い切りぶつけたお尻が痛い。あの狼男、女の子に容赦なんてないのね。

「遅刻魔のリトル・ウィッチが到着したところで、さあ、宴を始めよう!」

何のことかさっぱり分からぬまま呆然としていると、わあっと湧いた。

「今日はハロウィーンだ! 殺さない程度の悪戯と、人間界を楽しむ祭りだ!!」
「Nさま、Nさま、開催の一言を」
「こう言う場合、なにを言えばいいのか最適な解を導くことができなかった。だから人間の真似をするよ――ハッピーハロウィン!」
「ハッピーハロウィン!!」

 狼男も言っていた、噂のNさまの言葉に唱和したかと思えば、彼らは凄い勢いで駆け出していった。走る速さもそうなのだけれど、中には空に浮いているものもいて。わたしはよくない予感を覚えたのだった。

「おや、キミは行かないの」
「わたし、は――」
「見ない顔だね。トウコのところの新入りの魔女かな。新入りだって、遠慮しなくていいん、だ、よ……?」

 Nさまと呼ばれた彼の生気のない瞳がわたしを捉える。長い若草色の髪をひとつにたばれている彼は、作り物みたいに精巧な顔立ちをしていた。一瞬どんな状況かも忘れてかっこいいなと見入ってしまうほど。こんな素敵な人見たことない。見つめられたらアイスのように、とろりと溶けてしまいそうなの。
しばらくそんな夢に浸っていたけれど、Nさまの顔が近づいてきて、首元に触れるくらいになってわたしは現実を思い出した。どうしよう、この人、さまって付けられてるくらいだから一番偉い人だよね。そんな人に人間だってバレちゃったらお菓子みたいに食べられちゃうかもしれない。だってこんなに顔を近づけるってことは、そういうことでしょう? まだ今日もらったお菓子食べてないのに、そんなのはいや!

「においが違う……キミ、もしかして、人間?」

 あっさりバレちゃった!

「そうです」
「どうしてここに? この境目に人間は入ってこれないはずなんだ」
「狼男に手を引かれて」
「なるほど。僕らが招いてしまったわけか」

 整った顔立ちを少し歪めて思案する。わたしはこのまま逃げられないかなって考える。帰り道はわからないから無理かしら。

「今日はハロウィーンだから、キミには二つの選択肢がある」
「は、はい」
「ここに迷い込んできたのはキミの悪戯。だからお菓子をありったけ僕に譲るのが一つ目の選択肢」
「お菓子をあげるなんていやよ!」

 Nさまの言葉にわたしは叫んだ。いや。お菓子をあげるのは絶対いや。これがないとわたしは死んでしまうの。甘いものはこんな機会でないと食べられない。普段は生きていくだけで精一杯。年に一度すら幸せを噛み締められないのなら、この世に生きている意味なんてなくなるわ!

「じゃ、二つ目の選択肢。キミが僕らの仲間になってしまえば、それは悪戯じゃなくなる。お菓子はキミのものだよ」
「仲間?」
「人間じゃなくなるってこと」
「それは痛い? つらい?」
「キミの友人とか家族とか、大切な人に忘れられるのは痛くてつらいことだよ」
「なら、平気。わたしあなたたちの仲間になるわ」
「そんなに簡単に決めていいのかい?」
「いいの。お菓子を食べれないことよりつらいこと、この世にないわ」
「変な子だなあ」

 小さく呟いて。がぶり、と、Nさまはわたしの首筋に噛み付いた。それは全然痛くはなくて、むしろ気持ちよかった。気持ちよすぎて、まずかった。だって、わたし。みどりの魔物に食べられる甘美なこの時間、一生忘れられそうにないもの。


 ハロウィーンを知っている? 小難しい理屈は言わなくていいわ、簡単なことでいいの。
知らないなら教えてあげる。カボチャの中身をくりぬいて、ジャック・オー・ランタンを作って飾って、子どもたちが魔女やお化けに仮装して、近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする日――は人間の世界のおはなし。実はね、ハロウィーンはね、素敵なように見せかけて、実は残酷でしかない人間の世界からあちらの世界へ迷い込んでいける、そんな素敵な日なのよ。


/ナイトパレード・N