「可愛いだけの女の子なんて願い下げ。私はそんな、消費されるだけの女の子にはなりたくないの」

 可愛いだけが取り柄の、空っぽな女がよく言うよ。そう思ったけど口にすることはない。失恋したばっかりでナーバスになっている女に下手なことを言ったら何をされるかわかったものじゃない。だからもう寝たいんだけどと思いつつ、相手の話に適当な相槌を打つのであった。
 俺の母方の親戚はとかく顔がいい。派手な顔立ちに限定されるけれどミスコンに選ばれたとかモデルをしていたとか学校のマドンナだったとかそういう噂には事欠かない。例に漏れず、俺の母方の従姉妹のそいつも顔だけは抜群に良かった。顔はいいけど男運は恐ろしいまでになかったし、恋愛脳なうえに頭が悪いから毎回騙されて破局していた。俺より年上なくせに何をやっているんだろうか。

「ねえ、和泉聞いてるの!?」
「あー聞いてる聞いてる」

 ヒステリックな声が上がる。高校生が深夜に公園にいると補導されてしまうのであまり目立つような行動は慎んでほしい。夜も遅いし、どうせ帰りは送っていくんだろうと予想してバイトから帰ってきたばかりの愁からバイクのキーを借りていた。突然の呼び出しに私生活を犠牲にして応えてあげた優しさだけで勘弁して欲しいものだ。俺はお前の彼氏じゃないんだぞ。

「うそ。じゃあ私がなんて言ったか言ってみて」
「付き合ってた彼氏が友達と浮気してて友達の方をとった」
「聞いてるんじゃん……」
「さっきちゃんと言っただろ」
「聞いてるんならもっとしっかり慰めてよ」

 ああ、本当に。めんどくさい女だ。そして厄介だ。俺の気持ちを知っているのか知らないのか、なんでいつも試すような事を言うんだ。涙で落ちたマスカラを見ても、心の中にしまっていた感情は消えることはなかった。
――当然だよな、だって俺、こいつの泣き顔ばかり見てるんだから

「慰めるって? たとえば?」
「えっと話を聞いて」
「聞いてるだろ」
「優しい言葉をかけるとか」
「ほかにいい男見つかるよとかいっても『私にはあの人しかいないの!』とかって逆ギレすんじゃん」
「別れたばかりの子にそれはデリカシーさなすぎだもん」
「じゃあほかになんて言えばいいんだ?」
「それくらい自分で考えてよ!」

 また感情的になって、ヒステリックな言葉が飛んでくる。それはナイフだった。俺の外側を切り裂いて、隠していた気持ちを無理やり引っ張り出してきた。

「慰めて欲しい?」
「そのために呼び出したんだよ……」
「慰めてやろうか?」

 座っていたベンチに、なまえをそっと押し倒す。可愛いだけが取り柄の――でもどちらかというと綺麗な――女の子は自分で言うだけあって、涙でぐしゃぐしゃな顔でも間抜けに口を開けている姿でも、それなりな見栄えはした。

「なに、言って……?」
「慰めて欲しいんだろ、だから慰めてやるって言ってんの」
「ちが、私そんな」
「いい加減にしてくれよ!」
「和泉……」
「お前は一回でも俺の気持ち考えたことあんのか? どういう気持ちで俺がお前の呼び出しにこたえていたか」

 見開かれた目。知っていた。従姉妹という近すぎる関係から俺はお前に恋愛対象として認識されていなかった。なまえは頭は悪いけど、ここまでされて俺の気持ちに気づかないほど馬鹿じゃない。長いような沈黙のあと震えた声でなまえが「帰る」と呟いた。

「送っていこうか?」
「いい」
「夜おせぇし危ないぞ」
「いい。――彼氏じゃない男にそこまで甘えられないもん」
「そうか」

 それは明確な拒絶だった。でもやっぱり少しだけ期待していた自分もいて、乾いた笑いが落ちた。今日は香水の匂いについてとやかく言われなくて済むななんてどうでもいいことを考えて寮に戻った。――次の日。

「なまえさあ、昨日の今日でくるなんて馬鹿すぎんだろ」
「馬鹿じゃないもん! それよりねえ、和泉は私のこと好きなんでしょ?」
「……」
「どうなの?」

 デリカシーがないなんてものじゃない。俺の昨晩の葛藤と睡眠時間を返して欲しい。

「そう、だよ」
「ほんと! なら今日から付き合おうね!」
「はぁ?」
「なんかね、昨日あれから考えてみたんだけど、私和泉のこと好きだし、お互い好きなら付き合おうかなって」
「……なんだよそれ」

 なまえは顔はいいけど恐ろしく男運がない。そして恋愛脳な上に頭も悪い。そんななまえと同じ血が体の中に流れている俺も、女運がなくて恋愛脳で、ずいぶん頭が悪いみたいだった。