お慕いしております、と告げたらすげなく返された。俺の本気が伝わらなかったのかと思い、言葉を尽くして一生懸命に訴えたら途中で止められてしまった。

「主……」
「長谷部、残念です。貴方は確かに忠義に厚いです。けれどもそれは、貴方の私への忠誠心を尊敬を、思慕と勘違いしてしまっただけのこと。履き違えてはいけませんよ」
「そんなことはありません、主。俺は確かにあなたのことを心からお慕いしております」
「いいえ、違います。歴代の勇猛な武将でも家臣と恋仲になることはありました。また西洋の方では騎士という制度が有り、妻の他に身分の高い女性に忠誠を誓うことがあります。つまり忠誠と恋情は違うものなのです。けれども騎士は、忠誠を誓った女性に夫が居るにも関わらず愛し合ってしまったことがあります。そしてお互い身分が高かったせいで国が割れたことも」
「……それが、俺とあなたの間に何が関係あるのでしょうか」
「あります。何十年も生きてきた人間でさえそうなのですから、まだ人の身を得て幾月かの貴方は勘違いしているだけなのです」

 口元に優しい微笑みをたたえながらさっきの言葉は聞かなかったことにします、と残酷な言葉を置いて主は部屋から出ていった。断られることはあったとしても、まさか真っ向から思いを否定されるだなんて思っていなかった俺は、呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。



 俺の主は聡明な女性だった。外見の美醜は分からぬが、戦場での的確な判断、家臣を想う心を大変美しいと思った。戦のない時代に育ったのにも関わらず彼女は立派な軍師だった。もちろん最初からそうだったわけではない。才能がないとは言わないが、努力をしているのだ。まず主は最初に有名な兵法書を読んだ。陣形を覚えた。顕現した刀たちから前の主の話を聞いた。経験がないからせめて知識をと思って努力したのだ。早いうちから顕現していた俺はそれを見てきた。
 先ほど主から言われたように俺たちは人の身を得てからまだ間もない。戦という場の残酷さは経験したことがあるし、刀の本質は人を斬る道具であるから敵を斬ることに最初はなんの躊躇いもない。身体は成長していても俺たちは、子供のように純粋なのである。だからこそすぐに異形の者とは言え命を絶つことができるのだ。本丸で兄のような、弟のような、家族のような、血の繋がりも何もないものたちと暮らしていて情が芽生える。そうすると敵を斬ることに恐れを覚えるのだ。

「なんで僕たちは戦わなくちゃいけないの……?」

 返り血を浴びた手を、虚ろな目で眺めながら言った乱の姿は忘れられない。神はなんと心のないことをするのだろう。異国の神を敬う神父のような衣装を身にまといながら、俺はそんな罰当たりな事を思う。敵を斬るものに人の心は不要なのだ。刀のときみたいに、何も考えず、ただその役目を全うすることだけを考えられたらよかったのに。人ではない、けれども人に近い俺たちは人の真似事をしてしまう。美味しいご飯と暖かい寝床、筋肉痛、身を切られる痛み、やかましい奴らとの家族の真似事――それらを経て俺たちは彼らに似た思考回路を身に付け、感情を身につけてしまうのだ。

「じゃあ、ちょっと休む?」

 主はけして無理強いをしない。急速な感情の習得で傷を負ってしまった心を優しく受け止めてくれる。上に立つものでありながら弱者に優しい。そんなことができるのはやはり、か弱い女性で、力を持たない人間であるからだと思うのだ。主の美点を受け、感動した俺は主のために尽くそうと思った。主命を果たすために数多の戦場を駆け抜けてきた。だからこそ気づいたのだ。

「主、お慕いしております」
「……ねえ、長谷部、それもう何回目?」
「さあ。数えていませんから。でも三十は超えたでしょう」
「いつまで続くの、それ?」
「主が俺の気持ちを受け止めてくれるまで」

 受け止めてもらえないのならば、受け止めてもらえる時期を待てば良い。どうせ俺には時間などいくらでもある。真っ直ぐに彼女の瞳を見つめると、俺の瞳から何かを読み取ったのか、主はため息をつきながら言った。

「強情ね」
「ええ、そうですね」
「前にも言ったけれど、貴方のそれはただの忠誠心よ」
「違います。俺にも忠誠の意味くらいわかります。特定の人間や信念に自己を捧げ節操を変えないこと。確かに俺は主へこの気持ちも抱いています。でも」

 そこで俺は言葉を切る。そして思い出す。外見年齢が俺や主に近い男が彼女と話している時の、あの胸のざわめきを。

「でも、それならば何故、この胸はあなたが他の男と話している時に胸が苦しくなるのですか。あなたの肌に触れたいと思うのですか。男どもからあなたを引き剥がして口付けたいと、浅ましい情を抱いてしまうのですか」



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