見れば見るほど、自分たちのいた本丸と造りが同じである。珍しく頭に何もまとっていない山姥切国広は、代わりに包帯を巻いていた。少女に手当をしてもらっている最中に汚れているからと無理矢理布を剥ぎ取られて洗濯に回されて、落ち着かないやら不安やらで大変不機嫌だった。

「ごめんなさい、お待たせ。はいこれ、簡単なものだけどよかったら食べて」
「いい」
「遠慮しなくてもいいんだよ。困ったときはお互い様じゃない」
「いい。……というか食えないんだ」

 付喪神である山姥切は食べなくても生きていける。考え過ぎかもしれないが黄泉戸喫を心配しているので、食うわけには行かなかった。けれど実は気の優しい彼は眉尻が下がった少女に申し訳なさを覚えて、突っぱねるのをやめてしまった。

「そうなの? こっちの国の食べ物は口に合わない?」
「まあ」
「そうだよねえ。いくら海を越えてきたといっても、あなたと私はかなり故郷が違うもんね」
「どうしてそう思う?」
「見ればわかるよ。その髪の色と目の色。ここいらでは見ないもの。遠い遠い西の国の人でしょう。だから布で顔を隠していたんだよね。難儀だね」

 本丸では多様な色彩がいたから忘れていたが、日ノ本では審神者の生まれた時代になっても黒以外の髪と瞳の子が生まれるのは珍しい。色素が薄く茶に見える色に生まれついてしまったら、時代が時代なら鬼だと謂れのない差別を受けることもあったらしい。その条件は、目の前の少女も満たす。

「貴方はどうしてここに来たの?」
「鬼を探しに」
「おに? 王丹なら死んだ私の叔父だけど、叔父さんと知り合いだったの?」
「いや、違う」
「ふーん? 私は九鬼。貴方の名前は?」
「名前は……ない」

 この時代にまだ自分は打たれていないから名をだしても問題はないだろうが、異国人と勘違いされているのに和名を名乗るのはまずいと判断してのことだった。適当な偽名を名乗るにも、山姥切は外国についての知識はなかった。それは実は九鬼も同じことなのだが、当然彼には知る由もない。

「なら私があなたに名前をあげよう。あなたは……王丹だ!」
「それは叔父の名ではなかったのか?」
「うん、でもここの城にも縁のある名前みたいだし、気を悪くするかもしれないけれど西の国の鬼の伝説に似ているから」
「お前が気にしないなら、いい」

 手当てと名前をありがとう、この城の主に礼を言いたい、と山姥切が告げる。本当に彼は律儀な刀であった。

「お父様は別にそんなの気にしないよ」
「お父様……?」
「うん、この城の主は温羅って言うんだけどね、私のお父様なんだ」
「なら案内を頼めるか」
「別にいいのに」

 そう言ってむくれたものの、彼女は案内をするために歩き出す。城主の間に行くまでに何人かの人とすれ違ったが、全員が全員額に鉢巻きを巻いていたので、山姥切はやはりここは鬼の拠点なのかとますます疑いを強くすることになった。たったそれだけのことで、と感じるかもしれないけど、科学技術が発達した審神者の時代に俺たちのような存在が存在しているのだ。まだまともにクニすら成り立っていないこの時代に、鬼のような生き物がいてもなんら不思議はない。だから疑いを捨てることができないのであった。



「貴方が城主か。この度は誠に世話になった。この身以外何も持ってはいないので、言葉でしか礼を述べることができないが、許してくれないか」
「あ〜いやいや、元気になったのなら何よりだよ。下の村の人に怪我させられたのなら、それは儂らのせいでもあるしなあ」
「貴方たちは何もしていないだろう?」
「……ここ最近の間に海を越えてきたんだけど、異なる外見と製鉄技術のせいで鬼だと怯えられていてね。何とか親しくしたいんだけど、上手くいっていない状態なのさ」

 あっさりと告げられて山姥切は怯む。彼らは鬼ではないのか。ではもう俺に任務は終わったのか。鬼を斬りたかった――霊刀になりたかったのになれなかったからか、折角の審神者の気遣いを無駄にしてしまったからか気が沈んだ。山姥切の顔を見て勘違いしたらしい城主が声をかける。

「君が気にすることはないよ。優しい人だね」
「そんなことは」
「そんなことより王丹! あなた城から出て行っちゃうの? どこに行くの?」
「王丹? 君も王丹って云うのかい」
「名前がないって言うから付けてあげたの。ぴったりでしょ」

 こうして見ると本当に仲がよく、気立ての良い父娘であった。彼らが鬼と呼ばれ、勘違いを受けているのが不憫に思えてくるほどだ。手当の礼に何かをしてやりたいが、生憎の外見だ。何をやっても逆効果にしかなるまい。

「ね、王丹聞いてるの」
「ああ」
「嘘。じゃあ質問に答えて?」
「すまなかった」
「九鬼はね、ここを出て行く所があるのかと聞いていたんだよ」
「それは……」

 ある訳がなかった。だから日が暮れる前に森で寝床を探さなくてはいけないのだ。言い淀む山姥切を見て、九鬼は声を大きくしていった。

「行く場所がないんだったらここにいなよ。その外見じゃ日ノ本のどこに行っても生きていくの大変でしょ」
「そうだねえ。仕事もあるし、ちゃんと働いてくれるなら文句はないよ」
「……なら、世話になる」
「やったあ!」

 嬉しそうに腕にまとわりついてくる九鬼を見て、山姥切は自分でも気づかないうちに優しい笑みを浮かべていた。