頭は悪いけれど、頭の回転は早い。だから誰とでも話せる。馬鹿だけど目鼻立ちはくっきりしてる。そして学校のヒエラルキーの頂点に立つために必要な運動だって全然苦手じゃない。この顔に産んでくれた親に拍手。遺伝子の配列に感謝。逆立ちしたっていわゆる「清楚系」のオンナノコにはなれやしないけれど、見た目が怖いソッチ系のグループの中に好きな男の子がいるからいい。比較的男とよく話すグループに入れて良かった。可愛くても高嶺の花より、西谷と自然につるめるこの立ち位置の方が絶対に素敵だし、絶対に手放せない。

「ノヤー、西谷ぁ、ねー、ノート見して」
「はあ? 俺がやってきてるわけねーだろ」
「つかえねー男だなあ。次の授業当たるんだよここ」
「分かってるのにやってこねーお前が悪いんだろ」
「まあねえ」

 ジゴージトク! と完璧なカタカナ発音で言われてしまった。うっせばーか、と返したら軽く小突かれた。暴力的な振る舞いなのに、触られただけでドキドキするものだからかなりの重症である。身長はちっちゃいけれどつり目で、声が大きくて騒がしい西谷は控えめな女の子からは怖いって言われている。見た目はちょっといかついけれど話すととてもいい人だから話すと評価が変わる。見た目はナンパな感じなのに、バレー一筋っていうギャップが私の中でポイントが高い。
休みの日も部活部活部活で誘っても全然遊んてくれなかった西谷は最近ちょっとだけ付き合いが良くなった。部活で何かあって出れてないみたいで、それでもどっかで練習してるみたいだから、一緒に遊びに行ったりはできないけれど帰りが自然な感じで帰れるようになったのが、いい。練習の開始が遅い時は寄り道、っていてもクレープ買うとかそんなものだけど付き合ってくれるし。うちのバレー部は昔はかなりの強豪だったとかなんとかで、今はそんなでもないらしいんだけど、練習がかなり厳しいらしくて部活に入ってない私と西谷が一緒に帰ることはなかったのだ。ねー今帰り? 途中まで帰ろうよって声をかけて拒絶されないってことは、ちょっとは脈あるって思ってもいいのかな。

「今日はどこ行くの?」
「ママさんバレーに混ぜてもらう」
「わお! 一人だけ男が混ざるなんてやるね」
「仕方ねーじゃん? バレーは女子の方が人口多いんだからさ」
「そうだよね」

 坂下商店で買ったあんまんを頬張りながら相槌を返す。西谷はなんか最近豆乳がお気に入りらしくてそれ買ってた。そんなもん飲んでも身長はもう伸びないよっていたらまた小突かれた。サイテー!とか大げさに反応しながら思う。こういうのっていいな。カップルみたい。すごく楽しい気分になって、このまま途中で分かれるのが寂しくなって、私は余計なことを思いついた。ママさんバレーって確か六時からだからまだちょっと時間あるよね、だったら家で時間ギリギリまで駄弁れないかなって。私と西谷の距離感ならそれくらい許容してもらえると思ったし、まあ確かに下心はあったけれど、割と恋愛関係には疎い西谷にアピールするには大げさに行かないといけないと思ったのだ。

「それはちょっと……」
「え? なんで? 家族がいるとなんかまずいの?」
「いや、別に家族はそんな気にしないけど、潔子さんに悪い気がする」
「潔子さん!? え、ちょ、西谷彼女いたの!?」
「いや、彼女じゃねえけど、部活のマネージャーで、めっちゃ美人で」

 何か西谷がその潔子先輩っていう人を褒めているのがわかったけど、脳みそが理解するのを拒絶した。嫌だ嫌だ。西谷が私以外の女の子を褒めているところなんて聞きたくない。一瞬真っ白になったけれど、頭の一部分はどこか冷静で、このチャンスを逃すなと告げていた。好きな人の好きな人の話なんか聞きたくないに決まっている。だけどここで食いついて応援するふりをして近づけるかも知れない。先輩ってことはいつかは卒業するしそれまで告白をずっと阻止してそれからいいタイミングで私から告白すればこの思いを受け入れてもらえるかも知れない。そう思った。

「……つまり、西谷くんがその潔子先輩って方が好きなんだね?」
「潔子先輩のことは確かに美しいというかこの世の女神みたいに思ってるけど、そんなんじゃなくてだなあ!!」
「言い訳しなくてもいいよ〜? 素直に詳しく話してくれたら協力してあげるけど? 女心が全くわからない西谷くん?」
「……っ!」

 その後、真っ赤な顔した西谷がその先輩について話してくれた。びっくりするくらいの美人で一目惚れだったということ。全く相手にされていないけれどそれでもいいんだということ。彼の話をうんうんと全部受け止めながら聞いていく。何かアドバイスもしたかもしれないけれどきっと大した内容じゃなかった。彼は誰か相談する相手が欲しかっただけなのだ。先輩の話から部活であったゴタゴタの話、その先輩に対する心境。普段がおちゃらけて本心を見せない分、西谷の意外な一面をたくさん知ることができた。

「お前に何言ってるんだろうな……」
「きっといろいろ溜まってたんでしょ。どう? 少しは気持ち楽になった?」
「ああ。……ありがと」
「どういたしまして」

 照れくさそうに笑う彼を初めて見た。その日から私は西谷の少し内側に入ることが許されたのだ。女の子ではきっと潔子先輩と私しか入れていないその立場がとても嬉しかった。事あるごとに相談してくれるようになるのが、胸は少し痛むけれど、でもそれ以上に嬉しかった。頭は悪いけれど、頭の回転の早いやつでよかったとこれほどまでに思ったことはない。本音を押し殺しながら相手が望む答えを、それでいてあまり発展しなさそうな無難な答えを吐き続けた。奇しくも恋敵のおかげで私たちの距離は縮まることができたのだ。そのせいできっと。彼の中ではもう私は「頼れる女友達」で「親友」で、恋愛対象から外れてしまったとしても、好きな人と近づきたいなんて願った私を、誰が責めることができるというの。
 私たちの関係は何年も続いた。もうすぐその先輩は卒業するから、西谷の片思いはその時に終わることになる。成功しても失敗しても終わりだ。そうすればもう私はお役御免だ。前みたいに仲良くすることもなくなるだろうし、あんなに近付きすぎて全てをさらけ出した相手に恋をすることなんてないだろう。
 ねえ、西谷、すき。
 私は喉の奥へ言葉を流し込む。長いあいだ唾液とともに飲み込んだそれはきっと毒薬だ。私を殺すための、毒。外へ出すことができないから濃度がうんと高くなってしまって苦しさで私をずっと苛んできた。でも、やっと言えるのだ。彼がどんな結果を引き連れてきたとしても、私はやっと彼に伝えることができる。恋に苦しむ私を殺して生まれ変わることができる。