大丈夫だよ、寂しくなんかないよ、幸せになってねと私がひとりにしても平気だと言うことが分かる台詞をはけば、そう言って無理矢理にでも笑って見せれば結人は安心して私が好きだった笑顔を浮かべて、そうか、とたった一言たった一言だけを私に告げてあの子のもとへ去っていくでしょう。

それがどうしてもどうやっても許すことなんか出来そうにないから、私は手の掛かる子供を演じてまだ結人を繋ぎ止めている。




幼馴染みとは不思議で不可思議な関係である。もちろん全員が全員そうだとは言わないけれど、私と結人の場合はそうだった。男と女という普通だったら成長の過程で別々の道を歩むことになるであろう、明確に引かれたふたりを別つラインがあったにも関わらず、私と結人は仲が良かった。

 オカシイくらいに。

何をするのも一緒だったし、中学生になっても高校生になっても私と結人は平然と手を繋いだり小さな子どものようにじゃれあっていた。私はそれが、そのふたりのトクベツな関係が嬉しかったし楽しかったしトクベツであることを喜んでいて、あの人もまた同じだと思っていた。そう信じていた。
だけど結人は違った。確かに私のことをトクベツと思っていたし一緒に遊ぶのも楽しかったんだけど、だけどそれだけだった。私が思っていたほど結人は私を特別視していなかった、と思う。

ソコに在ったら側に居たら嬉しいし世界は今よりもっとずっと鮮やかに彩られることは間違いはないのだけれど、なくてもちょっと寂しいくらいで、心にちょびっと小さな穴が空いた程度の存在だった。絶望的な喪失感は、ない。

それに気付いたとき私は死にたくなった。


「なーなー、オレってカッコいい?」


毎日のようにお互いの部屋を行き来していた私たち。今日は私の部屋に結人が来ていた。机に向かって宿題をしている私を尻目に、結人は私のベッドでスポーツ雑誌を読んでいた。
時折雑談をまじわしつつ。ゆっくり、時間はスローモーション。


「どうしたの、いきなり」

「やー。年頃の男子としてはそーゆーのやっぱ気になるじゃん?」
「そんなにモテたいか」
「そりゃまーボクだって男の子だし? 彼女とか欲しいし?」
「うわ、やーらし!」
「男はみんなの狼だから」
「あはは、アンタ自分で言う?」


彼女くらい、いつでも私がなってあげるのに。なんてことを思いつつ話をしていたのだ。


「だってさ、皆どんどん付き合ってるんだぜ? 俺らだけ仲間外れなんて嫌じゃね?」
「俺“ら”ってなに。誰を指してるのよ俺“ら”って」
「決まってるだろー。俺とお前。好きなヤツすら居ない仲間」
「ちょっとー。一緒にしないでくれる? 私だって好きな人くらい居るし」


言うと、彼は目を大きく見開いて叫んだ。


「はぁ!? マジかよ誰だよ!」
「教えなーい」
「いやいやいや言え。言わねーと殴る」
「なぁに一生懸命になっちゃってんの。ダサー」
「うるせー」


口では生意気なこと言ってたけど、本当はちょっぴり嬉しかった。私のこと好きだからこんなに焦ってるんじゃないの、って勝手に勘違いして。

馬鹿みたい。
恥ずかしいヤツ。


「マジかよー。お前もかよー」
「ふふん。恋もまだなんて、お子ちゃまね」
「うるせーうるせー。お前だって付き合ったりとかしてねんだろ。俺とあんまり変わらねぇじゃん」
「う」
「好きなヤツが居るくらいで威張んなっつの!」
「あははっ」



ねえ、会話の途中で貴方を見詰める視線でちょっとくらい気付いた? 私は貴方が好きなんだよ。ねえねえ。私、貴方が好きなんだよ。


その時の私はあいつに負けないくらい子どもで、言わなくても気持ちは通じていると信じていた。だって私たち幼馴染みだもん。ちっちゃい頃からずっと側に居たもん。だから、だからお互いのことはお互いが一番分かってる、って。
言葉にしなきゃ、何も伝わらないのに。

本当の事を言おう。
あの時私は結人が好きだったし、結人も私を好きだった。つまりは両思いだった。

けれど。
けれど、結人私を忘れた。いや違うな。忘れたんじゃなくて私を諦めた。あの時私が口にした『好きな人』がまさか自分だなんて思わなくてそれで勝手に勘違いして私を好きで居るのを止めた。
それから結人は適当に手当たり次第に女の子に手を出し始めた。結人は格好良かったから密かに憧れている女の子はたくさんいて、あいつはその子たちと付き合った。

そしてキスをした。
それ以上の事もした。
二股とか三股とか余裕でしてたからファーストキスの余韻も何もなかったらしい。

結人の女遊びは、中二から高二まで続いた。続いた、と過去形なのはそれがもう終わったからだ。三年間もあんなことをしていてよく女の子に殺されなかったと思う。結人はそんなに酷いことをしていた。特に、終わる前の高二の時はヤバかった。


結人は、もうどうして良いか解らなくなっていたんだと思う。中二なんてまだまだ子どもだし、恋に恋するお年頃だし、その時に片想いの相手からの『好きな人居ます』宣言。慌てて気持ちを誤魔化すために女の子と遊んでいると、なんやかんやで結構楽しくなったんだと思う。好きな人じゃなくても異性と遊ぶのってなんか特別なことしてるみたいだし。

私、ずっと黙ってそれを見ていた。いっぱい彼女作っても私との関係はそのままだったし、きっといつか振り向いてくれると信じていた。

信じていた。
じゃなきゃ、やってらんない。

だけど高校に入ってできた彼女が、今までの子とは全然違っていた。結人の今までの彼女は、結人と同じように二股とかかけて遊んでいる子か、知ったらすぐ別れていくような子ばかりだった。


でも、その子は。
本気で結人の事が好きで。
少なくとも私と同じくらいは好きだったと思う。


どうやったか知らないけど、結人を改心させた。あの子は結人の唯一の彼女になった。結人も女遊びを止めて、彼女一筋になった。

その頃から、だんだん、私の部屋に来るのが減ってきた。なんで、って聞くと、


「やーだって彼女居るのに女の部屋に行くのはなー。まあ俺が言うなって話だけど」
「ホントホント」
「あいつ、お前のことはちゃんと知ってるけど」
「え、マジか」
「うん。ただの幼馴染みって。俺がずっと手を出さなかったことも知ってるし」


 タダノオサナナジミ

 チクリと胸が痛んだ。


「なら別に良いんじゃないの?」
「でも、これは俺なりのケジメ、って言うか……」

「大事にしてやりたいんだ。──今度こそ」


それは、結人の中に私が居なくなったことの合図だった。

彼女と結人は大学に入っても、大学を卒業しても、就職しても付き合っていた。今、結人は真面目に働いている。

そしてもう、結婚することが決まったらしい。いつするかは分からない。なぜなら結人が「なまえを安心して任せられる人が見つかるまではなぁ」って言って渋っているからだ。

私はあの子と付き合って、一年たったときの結人の言葉を思い出す。


「なーなまえなまえ」
「なに?」
「今だから言うけどな。あいつと一年たったし、俺の中で整理できたから言うんだけど、」
「……うん」
「俺、お前のことがずっと好きだったんだぜ」
「……」
「俺の初恋だ」


とてもいい笑顔だった。私は結人の笑顔が好きだった。


「なまえは、好きな奴とか居ないのか?」
「んー。居ない、かな」
「お前、早く結婚しろよ。しっかりしてるように見えて、お前どっか抜けてるからな」
「そんなこと、ないよ」


大丈夫だよ、寂しくなんかないよ、幸せになってねと私がひとりにしても平気だと言うことが分かる台詞をはけば、そう言って無理矢理にでも笑って見せれば彼は安心して私が好きだった人のいい笑顔を浮かべて、そうか、とたった一言たった一言だけを私に告げてあの子のもとへ去っていくでしょう。

それがどうしてもどうやっても許すことなんか出来そうにないから、私は手の掛かる子供を演じてまだあの人を繋ぎ止めている。


でもそれが、私の我が儘な感情だと言うことも知っている。