“春が好きだと言ったけれど、いま思えば、私が好きなのは春なんかじゃなくて、あなたの好きなものだっただけなのかもしれない。”

 学校帰りぶらっと立ち寄った書店の店頭で、帯に踊るその文字を見て、あ、これ私のことだと思った。博学なあの人に似合う自分になりたくて無理をしている。背伸びしている。好きな人の好きなものを頑張って好きになろうとしている。可能性なんか全くないのに。普段は本なんて読まないくせに、なんとなく気になって買ってしまった。

「おや、おかえり」
「ただいま、歌仙」
「今日は少し帰ってくるのが遅かったんだね。何かあったのかい?」
「……ちょっとね」

 現代にそぐわない着物と刀で武装したこの男は歌仙兼定という。私の初期刀である。上から審神者になってくださいと言われて、勘弁してくださいまだ学生ですと言えばなら部活みたいな感覚でいきましょうと言われ、結果的に就任してしまったのである。上からのお情けで今通っている学校を卒業するまでは現代で生活してもいいのだと。運動部のマネージャーになって格好良い彼氏をゲットする夢は儚く潰えた。

「ふぅん。……ああそうだ、今日出陣するところと隊員を決めておいたよ。確認してくれるかい」
「ごめんね、任せっぱなしで」
「主、君は昼間寺子屋で勉強して、夜は僕たちと出陣している。十分頑張っているんだから気に病む必要はないさ」
「ありがとう、歌仙」

 ポンポン、と子供をあやすように頭を撫でて彼は部屋を出ていった。子供扱いしないで、と頬を膨らませたが、それより歌仙に触れられた部分が熱かった。いたずらに人の心をかき回して、本当に酷い人だ。貰った表を見ると、今日は歌仙が出陣となっていた。今から準備するのかな、と心の中で気にしながら確認する。遠征も出陣も練度を考えられていて問題ない編成だった。私がこのように編成こそできないものの、戦のあれこれがわかるようになったのもすべて歌仙が教えてくれたからなのだ。見た目の年齢も彼より私のほうが年若いので、妹や自分の子供のように思われているのかもしれない。


「何を読んでいるんだい?」
「あ、歌仙」
「君が読書なんて珍しいね。漫画とやらはよく読むみたいだけれど」
「うるさいなあ、もう。私だってたまには読むよ」

 それで、何の話を読んでいるんだい、最近出た本。歌仙の知らないやつ。再度問われた問いに答えたら会話は打ち止めになった。可愛げの欠片もない返答の自分を自分で殴りたくなってしまった。
必要な会話ならばまともにすることが可能だ。それ以外にも、もっと話してみたいのだけれど、最近私たちはこんな感じ。歌仙のことを意識し始めてから顔が直視出来なくなったし、頭が真っ白になってなにを言えばいいのか分からなくなった。文字を追うふりをしながら沈黙をやり過ごし、彼との会話の糸口を探す。どうしよう、何を言えばいいかな。前の私たちは一体何を話していたのだろう。

「ああそうか、戦術か……」
「何か言ったかい?」
「独り言だから気にしないで」

 広い本丸にふたりっきりの時は、戦術の話をしてもらった。仲間が増えてから試行錯誤するから他の話はあまりしなかった。彼の嫌がる内番を私が手伝ったときに、僕は文系なのにと文句を言うからどの辺りが文系なのか教えて貰ったのだった。折角彼が詠んでくれた歌のよさは私にはさっぱりだった。だから、歌仙と話ができるように背伸びを初めて、色々勉強を始めたのだ。

「最近僕たちはあまり話をしてないだろう」
「そうだね。人が増えたから忙しくなったもんね」
「そう、だから、たまにはこうやって主と話すのもいいかなって思ったんだけど」
「えっ!」

 勢いよく歌仙を見ると、照れくさそうな顔をしていた。信じられなくて、まじまじと見つめ続けていると、歌仙の白い頬にだんだん赤みが差してきた。照れてる。もしかしなくても、照れてる。歌仙も緊張してる!

「いや、嫌ならいいんだけど」
「嫌じゃない嫌じゃない! むしろ大歓迎だよ」
「そうかい?」
「うん、私も最近歌仙と全然お話できなくて、でも学校や遠征とかでいないことが多いし話す話題が思いつかなくて困ってたの」
「僕もさ。女の子に血生臭い話はどうかと思ったら特になくてね」

 今の歌仙からは年上の余裕なんか感じれなくて安心した。私と同じで感情に振り回されている子供なんだ。よかった。読みかけの本をパタリと閉じる。本なんて読まなくても無理に背伸びしなくても、ありのままの私で、恋はできるのかもしれない。