燃えた。
 その昔私は燃えた。そのあと焼き直されて、今現在に至るけれど、そのせいなのか記憶が少し曖昧である。自分の兄弟刀を含め、ここには似たような身の上の刀たちが多いから気に病んだことはない。そもそも、あの火を逃れた刀のほうが少ないのである。かつての主たちと同じ人の身を頂いて生活していても、本来の性質は刀のままらしい。今の主にも変わらぬ忠誠心がある。さてこの感情は一体どこから湧いてくるのであろうか。


「人間の心は心臓にあると言われているわ」
「心臓、ですか」
「でも海外では頭だと言われる。本当のところはわかってないの」


 近侍としてお仕えしている時に、主とともに茶を飲みながら記憶の話をしたことがある。主は年若いながら、否、私の目にそう見えるだけで実際はそうではないのかもしれないけれど――、博識で些細な疑問にも丁寧に答えてくださる。知らないことを知るのは、面白い。現代の技術は私が活躍していた時代よりうんと進歩している。だからつい主に問うてしまう。空の色は何故青いのか。人には何故感情があるのか。その感情は一体どこから生まれてくるのか。
 だって、生きにくいだろう。刀のままであるとき、私は人を斬り殺すのに何の躊躇いも覚えなかった。主の身分が身分だからあまり使われることはなかったけれど。それでも数え切れない程の人々を屠ってきた。ただ、道具として有用であろうと、天下のための役立ててもらおうと、鋭く鋭く、その身を尖らせ斬り殺してきた。けれど今は違う。自身を人の形をした化物に食い込ませるとき、ふと思う事がある。私は今の主の考えに賛同し、おのが信念のために彼らを斬り殺している。だが、彼らも彼らで譲れない何かのために戦っているのだと。信念が違うだけで、彼らにも私のように兄弟や主がいるのではないかと。そう思うと、刃の動きが鈍る。胸に鈍痛が走る。心は心の臓にある――そう主に教えてもらってから、これが感情がある故だと気付いた。戦いになれば手堅い戦術を冷静に選び取らなくてはならない。ふと前の主のことを思い出した。いつでも笑顔で人当たりが良く、風貌に似合わず肉親の情にあつく、風流人からは下品と揶揄されるほどの派手好きだけれど、戦となると冷静沈着。彼も私を使って誰かを斬るときにこのような心の痛みを感じていたのだろうか……否、感じていないはずはないだろう。だって、性根はとても優しい人だったから。戦道具に心は、不要。刃が鈍る。なのに、なぜ私たちには心がある?


「今日は何の質問?」


 幾日かぶりの近侍が回ってきた。主は近侍を固定せず、全員を順番に当てていく。補佐をするだけならばそれはよくない回し方だと思うが、どうやら主は私たちとの距離を縮めるために使用しているらしい。まるで私の言うことなんかお見通しだと言わんばかりの笑みで問うてきた。


「今日は、そうですね、この間心の話をしていただいたので、記憶の話でも」
「記憶?」
「ええ。私の兄弟たちを含め、ここには記憶が欠けているものが多いでしょう。たまに話題になるのですな。なぜ記憶の再現に差があるのかと」
「そうねえ……」


 私と主の交流は主に問いかけ。楽しいのかと聞いたら「昔わたしも自分の親に似たような質問をしたわ」と返された。なんでもいいから言葉を交わすことが人と人の仲を深めるのだと。だから自分は呼び出した皆と話す機会を作るようにしているのだと、今の主は言った。そしてその言葉に違わず、返しにくい質問にも答えてくれるのだ。


「刀の記憶は、刃に宿っているから、とかはどうかしら」
「と言いますと?」
「どのくらい焼け落ちてしまったとかが関係するの。銘も大事だけれど、一番大事なのは刀身の切れ味だから」


 この口ぶりからして、どうやら主にも詳しいことは分かっていないらしい。この戦いも、現世に呼び出されることの仕組みも、自分が関係することなのに、私たちには分からないことばかりだ。敵を斬るときに胸に痛みを感じても、戦に出ることに高揚することも確かである。人の姿をしていてもやはり私たちは刀なのだ。人ではないのだ。なれないのだ。


「それはなかなか面白い解釈ですが、現存していない刀はどうなるのかはわかりますか?」
「人の噂……信仰で神の力が増すように人に多く知られることで、欠片を繋ぎ合わせている、とか」
「面白い解釈ですな。では、さらにもう一つ。心は心の蔵に宿ると言いました。では記憶はどこに宿るのでしょう?」
「……骨?」


 一瞬間をおいて、それでも主は答えてくれた。その答えを聞いて、私は少しばかり泣きそうになった。記憶は、骨に宿る。刀の記憶は刀身である。いつか、終わりのない戦いが終わるとき――幾ら此処が現世と時の流れが違うといっても、きっとそれよりも先に主の寿命が尽きてしまうだろう。主の霊力を媒介に顕現している私たちはまた動けない刀に戻ってしまう。その時、この愛しい主と穏やかな時間と優しい思い出をもって眠れるのなら、主なき世も、安らかに過ごせるだろう。


「一期、貴方は意地悪だわ。難しい質問ばかり。せっかく今日は貴方が近侍なのにもっと楽しい話をしましょうよ」
「それもそうですね。……ああ、この間、歌仙が遠征の時分に和菓子を持って帰ってきたでしょう。話のおともにそれを頂きましょうか」
「歌仙、勝手に食べて怒らないかしら」
「主が食べたのなら怒りませんよ」


 私の頬は自然と緩んでいた。心の中に感情が満ち、欠け、一瞬たりとも同じ自分でいられることはないけれど、この暖かな感情を知った自分は昔とは全く違うのだろうと思った。



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