はじめて男の子と手を繋いだとき、もう死んでしまうんじゃないかってくらいドキドキした。告白して、オッケーしてもらって、すぐの休みにデートして、押し倒されて恋が終わった。一瞬だった。それが私の初恋だった。自分がほかの女の子より夢みがちだっていうことは分かっていたけど、甘いマスクの王子さまみたいな男の子にそんなことされたのが本当にショックで、それ以来なんとなく、男の子が苦手になってしまったのだ。触られたからって悲鳴を上げるわけじゃないけど、積極的に話したくないし、そういう対象で見られていることが分からなければ全然平気。恋愛なんてもう懲り懲りだった自分がまさかこんなことに巻き込まれるとは思いもしなかった。

「好きです」
「え? 何が」
「みょうじさんのことが」

 同じクラスの降谷くんに校舎裏の人気がないところに呼び出されたと思えばこれだ。ぽかんと口を開けたまま、上を見上げる。告白したばかりだというのに表情の一つも変わらない降谷くんにせいで、今のが質の悪い冗談なのかと思ってしまうのだけど、私の表情を読んだのか即座に「本気です」と返されて退路を絶たれた。そんな、確かに何度か話したことはあるけど、そんな素振り一切なかったじゃないですか。それに親しくもないし。

「え、え、え、私?」
「うん、君」
「そんな、私」

 顔を真っ赤にして(鏡で見たわけではないけれど、めちゃくちゃ暑いからわかる)慌てる私を可哀想に思ったのか「今すぐに返事をしろってわけじゃないから」と言い添えてくれた。

「で、でも私降谷くんの連絡先知らないし、」
「なら交換しよう」
「う、うん」

 赤外線、できる? なんて聞かれてびっくりした。降谷くんがそんなこと言う男の子だったなんて、いや、いまどきそれくらい出来て当たり前なんだけど。でも、なんだかびっくりした。浮世離れした、というか自分とは関わりのないと思っていた男の子が急に現実的な存在に思えたから。御伽噺の中の王子様じゃなくて、降谷くんはしっかり地に足付いた現実の存在している男の子で、そんな子が私に好きだって言ってくれたのを、電話帳に登録された彼の名前を見て、痛感したのだった。
 告白されたからって、そんなに大きく日常生活が変わったわけじゃない。学校で接触が増えたわけじゃないし(そんなことされても女の子の社会があるので困ってしまうけど)。でも、視線を感じるようになった。ふ、と誰かの視線を感じて振り向けば大抵そこに降谷くんがいた。一度目が合ってしまうと逸らすことができないのは私だけなのだろうか。じっと見つめ合う形になると、大抵彼が微笑む。少しだけ目尻を下げて、口角を上げて。可愛いなあと、勘違いかもしれないけれど、そう声が聞こえてきそうなくらい優しい顔で微笑むのだった。降谷くんはいつもあんまり表情が変わらないから、そういう特別な表情を見るとドキンと心臓が跳ねてしまう。
 もう一つ変わったことは、降谷くんからメールが届くことだった。夜の遅い時間に(たぶん部活が終わってひと段落着いた時間帯なのだろう)、ぽーんと、私の携帯が受信音を鳴らす。メールの中の降谷くんは本体よりも饒舌だ。けれどもやっぱり人間の性質は変わることはない。ちょっとだけずれた降谷くんのメールの内容に、いつも笑わせられて、気づいたら心待ちにしていたのだ。

 もう恋愛なんて懲り懲り、といったのは誰だったのだろう。ゆっくりゆっくり距離を縮めて、いつしか私は降谷くんに惹かれていた。まだ、返事はしていなかった。メールで答えを返しても良かったけれど、降谷くんは直接私に言ってくれたのに自分だけメールで済ませるのは申し訳ない気持ちがしたのだ。
 場所は、降谷くんが私を呼び出した場所。必ずイエスと答えが返ってくるのがわかりきっているのにも関わらずドキドキしたから、最初に言ってくれた降谷くんは凄いなと思った。それほど私のこと大切に思ってくれていたのかな……。

「ごめん、待った?」
「う、ううん! さっき来たところなの」
「ならよかった。そこで先輩に捕まったから」
「仲良いんだね」
「そうかな」
「そうだよ」
「……」
「……」

 ああ、そうじゃない。そういうことが言いたいんじゃない。私は彼に、好きだって伝えたいの。なのにどうして素直に言葉が出てこないんだろう。

「あ、あの」
「……言いにくいことでも、はっきり言ってくれた方が、嬉しいかな」
「……!」

 ああ、勘違いされてしまった……!

「あの、ね。あの、私、降谷くんのことが好きです。散々お待たせしてしまってごめんなさい! でもやっと、気持ちの整理がついたから……」

 気付けば、彼が覆いかぶさってきていた。また前回の悪夢を思い出して咄嗟に手を突き出して、掌に生暖かい感触を感じた。

「……告白、オッケーなんじゃないの?」
「いっ、いきなり過ぎます!」
「もう何ヶ月も待ったよ」
「それはそう、だけど。抱きしめられるよりも先にそういうことはちょっと……性急すぎるというか」
「じゃあ、手順を踏めばいいの?」
「え?」

 ぐっと彼が私を抱き寄せて、耳元で、甘く囁く。

「キスしても、いい?」

 吐息混じりの甘い言葉が私の脳を侵食してくる。男の子、怖かったはずなのに、降谷くんだとそうでもないみたい。きっとそれはこの数ヶ月間で、降谷くんがどんな人かわかったからだろう。そこから何か言った記憶はないのだけれど、私と彼の唇が重なったということは、きっとそういうことだ。


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