昔っから夏まつりに金魚すくいというのが私の中の定番で、屋台の金魚すくいには必ず挑戦していた。でも、袋の中の金魚は、どんなに早く家に帰ってもすぐに死んでしまっていた。最初は水のカルキを抜かなかったから。次は酸素が足りなかったから。その次は水槽が狭かったから。その次は、……とどんなに手を尽くしても、祭りで掬った金魚は長生きすることはなかった。儚いものだ。


「わあ、凄い人だね。毎年こんなものなの?」
「うん、だいたい毎年このくらいの人はいるよ」
「僕の地元はもうちょっと少なかった気がする。やっぱり東京だからかな……」
「小湊くんは県外からだっけ?」
「うん。野球部だし」
「そっかあ。ウチの野球部強いもんね」

 祭りの喧騒の中、浴衣を着て着飾った私と、小湊くんが並んで歩く。東京の街は夜でも明るいけれど、今日の街灯は祭りの夜らしくレトロチックな提灯が吊るされている。中にあるのは電球でも、紙が明かりをぼかしてくれるので、まるで大正時代にタイムスリップしたかのようだ。ただ会話しているだけなのにこんなにドキドキしているのは、そんな祭りの空気に呑まれてか、それとも二人きりで出かけているからか。

「屋台、いろいろ出てるね。そう言えばみょうじさん、晩御飯食べてきた?」
「ううん。せっかくだから屋台で食べようかと思って」
「あ、よかった。僕もなんだ。じゃあ先に買物しようか」
「うん!」

 フランクフルト、たこ焼き、かき氷、りんご飴、わたあめ。祭りの夜には魅惑の食べ物がたくさん。人ごみに揉まれながらも歩いて、あれ美味しそう、これ変な味、なんて話すだけでも楽しかった。ぼんやりした明かりに照らされてつやつや光るりんご飴を買おうか悩んでじっと見ていたら、視線に気付いた小湊くんが「どうぞ」って先回りして買ってくれたときはもう天にものぼる勢いだった。こういうさり気ない気遣いができるから、小湊くんのこと、好きだな。

「だいぶ食べたね……さすがにお腹いっぱいだ」
「そうだね。小湊くん、意外と大食いだったんだね」
「え!? そ、そうかな。先輩たちの方がたくさん食べるから、自分ではそんな印象はないんだけど」
「先輩たちはもっと食べるの!?」
「食べるよ。増子先輩っていてね……」

 買い食いも落ち着いて、かと言って花火の時間にはまだ早く、することもないのでただ雑談しながら歩いていた。飲み物でも買って花火の場所取りをすればよかったんだろうけれど、この非日常の空間から出たくなかったのかもしれない。人が多くて歩きづらいのにも関わらず、私たちはただただ歩く。小湊くんが話してくれる野球部の話に耳を傾けながら歩いていると、私は祭りの夜にお馴染みの出店を見つけた。

「あ」
「みょうじさん、どうしたの?」
「ううん、何でもないの。昔よくやったなあって思って」
「金魚すくい? 僕もやったよ」
「そうなんだ! 掬うの自体は苦手じゃないんだけど、私飼うの下手みたいで、すぐ死なせちゃってたな。申し訳ないことしたな」
「お祭りの金魚は搬入とかでストレスが掛かってるからね……どうする? 花火見るときに邪魔になっちゃうと思うけど、みょうじさんがやりたいならやっていこうよ」
「いいの?」

 そう問えば、いいよ、今日はみょうじさんに楽しんでもらうための日だもん、と返ってきた。たくさんお祭りを楽しんだけれど、今日という日のなにか形に残る思い出が欲しかったので、お言葉に甘えさせて頂く。小銭とポイを交換し、構える。どの子がいいかな。狙いをつけて掬っていく。

「わあ、上手だね」
「小さい頃からお祭りのたびにやってたからね〜」

 するりと数匹捕まえて、ビニールの袋に入れてもらった。時計を見ると花火が始める三十分前。もういい時間だね、と小湊くんと会話を交わし、川べりの方へと歩いていく。人が多くて思ったよりも進まず、河川敷に向かっている途中で花火が始まってしまった。綺麗な光に目を奪われて、歩みを止める人多数。ごった返した人ごみに押されそうになると、グ、と強い力で手を引かれた。

「大丈夫?」
「う、うん」

 手、繋いでる。それを意識した瞬間、かっと頬が熱くなった。

「凄い人だね……。河川敷に今から行ってもいい場所取れそうにないし、ちょっと離れてみない?」
「うん」

 そのまま小湊くんに手を引かれ、神社の方に登っていく。同じことを考えている人もちらほらいるみたいだけれど、それでもベストポジションとは言い難い神社の境内にはあまり人がいないので、先程よりは随分楽だ。ドン、ドドン、と花火の上がる音だけが聞こえる。小湊くんは何も話さない。話さないけれど、もう離してもいいはずの手は繋いだままだ。これも「私を楽しませてくれるため」の演出の一つなのかな、と思うとじくりと胸が痛んだけど、繋がれた手の暖かさを忘れないように覚えておくことのほうが大事だった。
 どれほどの時間が経ったのだろう。気付けば花火終了のアナウンスが流れていて、みんな帰路に着いていくようだ。ずっと空を見上げていた小湊くんが視線を下ろし、私の方を見つめてくる。普段は前髪に隠れていて見えない瞳が、このときは髪の隙間からちらりと覗いて、そのすっとした眼差しに私は射抜かれてしまった。

「花火、終わっちゃったね」
「うん」
「楽しかった?」
「うん。あの、小湊くん、今日は付き合ってくれてありがとう。とってもとっても、楽しかった!」
「僕の方こそ。楽しい時間をありがとう」
「ほんと? 小湊くんも楽しかった?」
「うん。楽しかったよ」
「よかった。告白して諦めるかわりに一日付き合ってって無理言ったから、迷惑じゃないかと思ってたの」
「そんなことないよ。じゃあ、もう遅いし帰ろう」

 花火が終わった瞬間にずっと繋がれていた私たちの手はまるで魔法が解けたみたいに解かれていた。小湊くんとの恋人時間は解けて、明日からはただのクラスメイトに戻るのだ。帰り道、黙ったまま二人で歩いていく。家の前まで送ってもらって、掬った金魚を水槽に入れようとしたら酸素が足りてなかったのか金魚は死んでしまっていた。この金魚と同時に、私の初恋も終わったことを悟った。