なんと君は暑さに弱い生き物なのだろうか。だのに何故その灼熱のグラウンドに立っているのだろうか。でかい図体をして繊細で、そのくせ群を抜いてマイペースで、私には君のことがちっともわからない。もう理解することは諦めたのだけれども、私も昔は君のことで頭をいっぱいにして君を理解しようと苦闘していたよ。結局勝負に勝つことはできなかったけれど、それでも君は私の心の中に住み着いた。こうして遠く離れた北の大地から、莫大な費用と貴重な高校生という時代の夏休みを使って君の試合を観戦しに来るくらいには。君は私の心の奥深いところに住み着いてしまって離れないのだ。

「なんだ、すっかりチームに馴染んでるじゃん……」

灼熱のグラウンドに立つ君は、中学生時代とまったく違う表情をしていた。あの頃の君はとてもとても孤独だった。とっても速い球を投げられるから、先輩たちから同級生から疎まれて部活にでることができなくなって、一人で寂しそうに練習した。ずるい私はそれをいいことにキャッチボール手伝ってあげる、とか一緒にバッティングセンター行こう、とかあれこれ理由をつけて寂しそうな君の隣にいた。そうして君に刷り込もうとしていたのだった。あなたのことが誰より好きで誰より理解しているのは私だと。自分が彼の唯一無二であると勘違いしていたのだ。だって彼は、私が死ぬほどこがれた降谷暁は私のことをなんとも思ってなかったのだから。じゃなかったらなんの相談もなく、一人で東京に出てこない。付いていくのが無理だと分かっていたとしても、「東京に行くよ」と一言くらい言ってくれてもいいはずだ。
バックを、先輩方を、同級生を信頼している風の君を見て、いいチームメイトに恵まれてよかったねとか仲間ができて嬉しいだろうなとか今まで野球が辛かったぶん楽しくできるねとかそんなことちっとも思えなかった。ずるい、と体の奥底から湧き上がる嫉妬に身を焦がした。ずるい。彼の球を受け止めることのできる捕手が。彼に信頼されることができる仲間たちが。私が何年も望んで手に入れることができなかった場所を簡単に手にすることができる野球部員が。ずるい。ずるい。私は男の子に生まれたかった。

「あ……暁、交代するんだ」

当然といえば当然だった。野球の練習はしていたけれども、あまり基礎練をしていなかった暁はほかの球児と比べると体力がない。加えて東京は北海道より暑い。一年生ということもあるけれど、それを差し引いても暁が最後まで投げ切れるとはとても思えなかった。今まで食い入るように見てきた暁が出てしまうと、あまりルールには詳しくない私はなんだか手持ち無沙汰で、暁が進んだ青道高校が勝ったのを見ると、すぐに席を立った。


(会えるかな)

 会って何を言うんだろう。連絡も貰ってないのに勝手に試合なんか応援しに来て気持ち悪いと思われるんじゃないだろうか。それなら顔を合わせずさっさと帰ったほうがいいのではないか、と考える。頭の中ではそんな打算が働いているのに、本能は欲望に忠実だった。近くのコンビニで熱さまシートと冷えた飲料水と、それから申し訳程度に差し入れなんか用意してしまって彼が控え室から出てくるのを待っている。もう何ヶ月もあっていないのだ。間近で顔も見ていないのだ。声も見ていないのだ。会いたいに決まっている。
しばらくぼーっと立っていると辺りがザワザワと騒がしくなって、選手たちが出てきたのがわかった。心臓がドキンと跳ねた。逃げ出したくなった。バクバクと暴れる心臓をなんとか押さえつけながらその集団を眺めていると、体力を使い果たして気分の悪そうな暁を見つけた。

(声、かけなきゃ)

 じゃないと、もう、話す機会なんてない。せっかくここまで来たのに。数ヶ月ぶりに読がこんなに近くにいるんだから、勇気を出して。

「あれ? なまえ」
「さ、暁」
「どうして君がここにいるの?」
「そんなの、決まってるでしょ。試合観に来たんだよ」
「なまえ野球好きだったっけ?」
「あんまり。でも暁が好きだったから好きになったよ」

 暁の方から声をかけてくれるなんてなんて幸運だったろう。先輩たちの方に軽く頭を下げて、こっちに来てくれた暁を見つけた時には信じてもいない神様に感謝したものだった。しばらく見ないうちに彼はうんと日に焼けた。それからなんだか成長した。男の子っぽくなった。だからすっごくドキドキした。

「あ、これ差し入れ。冷却シートとか入ってるから使って。あと試合後にどうかと思ったけど、暁の好きな炭酸……」
「なまえ」
「ん?」
「僕のこと、怒って、ないの?」

 背が高い暁と私は身長差がある。けれど真っ直ぐに私の目を見ていうものだから、その瞳が捨てられた子犬のように、中学時代のあの頃のように不安に揺れているものだから、私は許してしまった。

「怒ってないよ。寂しくて悲しかったけど。怒ってない」
「本当?」

半分は嘘だけれど、と本音を飲み込んでから答える。君に好かれるためだったらどんな嘘だって言える。だって私はずるいから。

「本当だよ。今日の試合見てたけど、暁とってもかっこよかった。一年なのにマウンド立ってたし三振たくさんとってたし、」
「ありがと」

 突然、口を塞がれた。暁の唇で。ぐっと近づいてきた暁からは、しゅわしゅわ弾ける炭酸水のような、真夏の爽やかな青春の匂いがした。これ、制汗剤、かな。深く息を吸い込む。思う。好きだな、この匂い。

「勝手に決めてごめんね。でも僕は野球がしたかった。この三年めいいっぱい野球に打ち込みたかった。だから君を置いていったんだ」
「いきなり……」

 何をするの、という言葉を引き継いで暁が言う。

「でも、わざわざここまで来たっていうことはなまえ、僕のことそう思ってるんでしょ?」
「ばっ」
「先輩たち待たせてるから行くね。夜には連絡するから」
「ちょっと、暁!」

 やるだけやって、言うだけ言って、彼はこちらを振り向くことなく立ち去っていった。真夏の暑さにやられたのか、それとも別の理由かなんて聞くまでもなく。真っ赤な私はバスに乗り込み彼の背中を見送ったのだった。



/企画「魚」様に提出