テレビに映っている、白い珍妙な帽子をかぶった男の子が、私の元・お隣さんだと母は言うのであった。そういえば昔、男の子とよく遊んでいた覚えはあるけれど、それは今のまちに引っ越す前のうんとうんと小さい頃なので、正直顔なんて覚えていないのである。記憶の引き出しから思い出を引っ張り出してきても、転けたらしい私に「大丈夫?」と手を伸ばしてくれる場面が思い浮かんだだけで、顔は逆光、というかのっぺらぼうみたいになっていて思い出すことができないのだ。「薄情な子ねえ」と母は言う。別れ際にさんざん大泣きはしたけれども、あれ以降一回もあってないし、小さい頃の記憶なんてそんなものだと思うのだ。

「って言うか、ユウキくんがそのユウキくんだとしてもなんでホウエン地方のチャンピオンなの? おかしくない?」

 少し緊張した面持ちでインタビューに答えている帽子の少年。ジッと見つめてみても思い出の中の彼と結びつかない。もし彼が私の幼馴染で、ホウエンにいるのだとしたら、私も彼も幼少期をともに過ごした思い出の場所にいないのだ。なんだかそれがとてもさみしいことのように思えてきてしまった。

「確か、お父さんがホウエン地方のジムリーダーをしていたからそっちへ戻ったんじゃないかしら」
「そうなんだ」
「それにしても奇遇ねえ。#name#が明日から旅に出る地方に幼馴染がいるなんて」
「……もし本当にあの子がユウキくんなら、だけどね」
「ユウキくんよ。テレビでさっき名前言ってたもの」
「いやでもユウキって名前よくあるしさあ。……」

 なんて、テレビの中の彼を肴に私と母は出発前の最後の夜の名残を惜しむようにたくさん話したのだった。ある程度の歳になって旅に出る子はたくさんいるけれど、それはだいたい同じ地方の中の話で、私みたいに別の地方に旅立つ子は少ない。というのも私の旅の目的がジムではなくコンテストだからなのである。ポケモンバトルも嫌いではないけど、どうしても私の憧れはコンテストだった。鍛えた技を戦うためじゃなく、魅せるために使うこと。そちらの世界にのめり込んで、母を長い時間かけて説得してようやく旅に出ることを許してもらえたのだった。


 ジョウトの子が初めてのパートナーや図鑑をウツギ博士のワカバタウンで貰うのに私はミシロタウンのオダマキ博士から貰うのだった。オダマキ博士は穏やかな優しそうな人で「ジョウトから大変だったねえ」と声をかけてくれた。フィールドワークを活発におこなっている研究者さんらしくホウエン地方のこともちょっと教えてもらった。図鑑も手に入ったことだし、いざ旅立たん!

「わっ!」

 コトキタウンに向かっている途中、何かがものすごい勢いで横を駆け抜けていった。ポケモン……ではなさそうだったけどあれは一体何だったのだろうか。

「もしかしたらこっちにしか生息してないポケモンなのかなあ。ちょっと見てみたかったかも」


 *


 ホウエン地方についたもののすぐコンテスト、というわけにはならない。まずコンテストが開催されるまちまで行かなくてはいけないのだが、ミシロタウンからコンテストの開催地はとても遠い。海路で行くとまだ近いのだが、それには「なみのり」の使用許可がもらえるジムバッチとみずポケモンが必要なのである。私が博士にもらったポケモンはアチャモだ。どこかでゲットの必要がある。……でもその前に。

「あーもうっ! ラルトスが捕まらない!!」

 トウカシティの前で私の旅は止まっていた。別の地方のコンテストでサーナイトを使った演技をした人がいた。その人がきっかけで私はコンテストを志すことになったので、ぜひとも手持ちにサーナイトをお迎えしたいのである。草むらからぴょこん、と顔を出しているうっかりさんなラルトスに狙いをつけて近づくもののどうしても逃げられてしまうのだ。姿が見えているからダメなのかと思って身を低くしてもダメ。それなら、と勢いをつけて走ったら草に足を取られてこけてしまったのだ。

「君、大丈夫?」

 そう声が降ってきて、顔をあげると、優しく手が伸ばされていた。誰だろう、逆光で顔がよく見えない。「あ、ありがとう」と上擦った声で返事をし、伸ばされた手を掴む。引き起こされてすぐ白い珍妙な帽子が目に見えた。あれ、この子もしかして。

「さっきから見てたんだけど、しのびあしを知らないのかな?」
「しのびあし?」
「うん。野生のポケモンを捕まえるときのテクニックなんだけど」

 こうするんだよ、と帽子の男の子は実演してくれる。その後草むらで足音を立てない技術のコツを教えてくれた。おかげで私は念願のラルトスをゲットすることができたのであった。

「ありがとう……!」
「いえいえ、お役に立てて何より」

 にこっと彼は人の良さような笑みを浮かべる。どうやら私は薄情ではなく現金な性格らしい。昔から全く変わっていない男の子、ホウエンのチャンピオン、私の元・お隣さんの男の子にこうも簡単に恋に落ちてしまったのだから。


/企画「だ〜れだ?」様に提出