誰もいない教室にわたし、一人。聞こえるのはうぉん、うぉんと響くクーラの稼働音だけである。家じゃ勉強に集中出来ないからと、学校に居残ってみたもののやっぱり集中出来ない。環境が悪いんじゃなくてわたしが悪いのだ。なんてこと。

テスト期間だから部活もないし、居残って勉強していた人ももう皆帰ってしまった。だから三年の階には誰もいない。きっと教室やこの階だけじゃなくて校内にも誰もいないだろう。そう考えるとなんか寂しい。世界に取り残されたみたい。この小さな惑星に、わたしは一人でいますよ。ねえ誰か、わたしを迎えに来ませんか。
いい加減この静寂にも飽きてきた。動かないシャープペンシルをノートの上へと放り投げ、ぶるりと身体を震わす。ああ、少し寒くなってきたかも。


うぉん、うぉん


クーラの稼働音が聞こえる。
わたし一人のためにこのクーラは働いているなら、それはなんて贅沢だろうか。地球にも学校のお財布にも優しくないわたし。まあ私立だから別にお財布は関係はないよね。大丈夫、問題ない。


「あ」
「渋沢くん」


寒くなってきたしそろそろ帰ろうかな、なんて思ったらドアがガラリと開いた。顔を覗かせたのは渋沢くん。ただのクラスメイト。ううん、嘘。ちょっと気になる、大人な雰囲気の、クラスメイト。珍しいと云うか初めて見ると云うか、彼の格好は学校に不似合いな私服だった。


「忘れものしちゃった?」
「そうなんだ」
「わざわざ大変ねぇ」


家から取りに来たんでしょ。
そう言って笑うと、渋沢くんは少し困ったような笑い方をした。


「いや、俺は寮だから」
「そっか、サッカー部だもんね」
「……みょうじは、どうしてここに?」
「家じゃ集中出来ないから残ってたの。でもあんまり家と変わらないね」
「そうだろうな」
「だから、明日はすぐに帰ろうと思う」
「そうした方がいい」


みょうじは女の子なんだし、あんまり遅くなったら危ないだろう?


彼のセリフに一瞬言葉を失って、それから笑いが込み上げてきた。


「なんで笑うんだ?」
「ほんと、紳士よね。渋沢くんって」
「そうか?」
「それとも大人っぽいだけなのかな」


その身長に比例して、渋沢くんは大人っぽくて優しい。私服だってほらさ、落ち着いた色合いのせいかもしれないけれど、とうてい中学生には見えないもの。大学生くらい?


「俺にはみょうじの方が落ち着いてて大人びて見えるよ」
「あは、ありがとう」


そう言って席を立つ。カチ、カチ、と電気を消してクーラも消す。うぉん、うぉんという鳴き声はもう聞こえなくなった。じゃ、ひとりぼっちの教室におさらばだ!
教室から出るとドアの外で渋沢くんが待っていた。「途中まで送るよ」と彼が言った。わたしは「テスト勉強があるでしょう?」と断ったが彼は譲らなかった。隣に並んだ渋沢くんの存外体温が暖かくて、なぜかあの教室の寒さを思いだし、わたしは小さくくしゃみをした。