君は何でも知っている。人より長い手足が他人からの羨望の対象になることもあるし、その逆で嘲笑の対象になることもある。高校生になった今は周りが大人になったから別になんともないのだけれども、それ以前の君は人と違うせいで大変な目に遭っていた。男のくせに長い髪、そして奇抜な色。体育の時、長い手足を持て余しておかしなフォームで走る君への、嘲笑。なにかの打ち上げなどでクラスのみんなが集まったとき独特のセンスへの侮蔑。それをなんてことないように、どんなことを言われても思われてもすました顔で表情一つ変えない君が私には眩しかったんだ。


「なまえ、俺の前でそれ吸うなって言ってるショ」
「ああ、ごめんごめん」
「……先生にバレたら厄介だぞ」
「知ってる。臭い消しあるから平気だし」
「ったく」

未成年はタバコを吸っちゃいけません、なんてことはこの国の誰だって知っている。なんで吸っちゃいけないかも知っている。スポーツマンの彼は私の吸うタバコの副流煙で肺がやられてしまうのを恐れている。でもどうしてもタバコをやめられない私のために、妥協して「俺の前では吸うな」という条件で黙認してくれているのだからきっと彼はとても優しい。
彼、こと巻島裕介と私は所謂幼馴染の関係である。家こそ少し離れているけど巻島家の玄関から徒歩数分圏内だし、幼稚園から高校まで同じだし、幼馴染と言ってもいいんじゃないかと思っている。出来のいい幼なじみを持つと出来の悪い方は苦労するのはもはや定石と言っていい。学校が同じだからテストとかの行事は丸わかりだし、そのせいで「裕介くんはどうのこうの」ってお小言を言われるのもいつものこと。もう十年以上もそんなことが続いているのですっかり慣れてしまったけれど。

「あ、そういえば明日小テストあるよね」
「あったなァ」
「確か成績に入るんだよね」
「ああ」
「教えて」
「たまには真面目に授業、」
「無理」
「クハッ。即答かよ」
「私が日中に起きてられないの、知ってるでしょ」

私、彼のこの独特の笑い声が好き。ああ、巻島裕介だなあって思うの。
だって彼の他にこんな笑い方をする人なんか世界中どこを探したっていない。中学の時、文化祭の打ち上げで、同じクラスのみんなは彼のファッションセンスをクスクス笑ったけれど、私その時、雑誌の中から飛び出してきたみたいな自分の服を握り締めていた。こんなテンプレートな服装の子なんてうようよいる。実際に似たような配色や組み合わせをした女の子はクラスにたくさんいた。ダサいとかそれ以前に、いや、服装の話じゃなくて。運動に不向きな長い髪とゴテゴテと装飾された爪、細くはあるけれど筋肉のない脚、そして自分の意思の弱さがとってもとっても恥ずかしかった。これが自分だって胸を張って生きていればよかったなあ、とその時になって気づいたのだ。たとえ大衆から淘汰される対象になったとしても、自分らしさを全面に押し出せる彼が目が潰れてしまうほど眩しかった。

「なまえが夜更しするからっショ?」
「だって眠くならないんだもん」
「なら運動すればいいんじゃねえか」
「無理だよ」

なんで、と彼の瞳が問う。

「タバコ、吸ってるから」

震える声で私は答える。でも聡い君はきっと気づいただろう。知っていて「そうか」と流してくれたのだろう。
君は知っている。君はなんでも知っている。これが言い訳だってことも。本当は私がサッカーをしたくてしたくてたまらないことも。女の子だからって、人から変なふうに思われるのが嫌で諦めたことも。それから、私が、君をどう思っているのかも。肺のあたりが苦しくなった。もう消したはずのタバコの煙が急に強く漂ってきて、私は噎せた。




title by joy